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Wind Illusion Story ー世界は混沌に選ばれし勇者の再来を待ち望むー  作者: 雪杜 凛


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戦争が残した遺物3−3

「くそっ!」

 水の滴る服が少し重いが、支障をきたすほどではない。大丈夫だ。

 そう自分に言い聞かせ、ショウは大きく息を吸い、吐いた。心を落ち着かせる。

 今度は大きな尾がショウに向かって振り下ろされた。それを横に躱して、大きく跳ぶ。魔物の頭部に着地すると、それに気づいた魔物が大きく頭を振った。

 振り落とされないようにしがみつき、魔物の動きが止まった一瞬の隙をつき、脳天に長剣を振り下ろす。

 しかし、渾身の一撃は、ぎぃん、とはじき返される。

 あまりの手の痺れに剣を落としてしまいそうになるのを必死に堪え、里一番の鍛冶屋が造った長剣で傷をつけられないなんてどれだけ硬いんだ、とショウは舌打ちし、地面に着地した。

 すぐに再び、魔物に向かって走り出そうとした時――――


「――何をしているのだ?」


 声が聞こえた。

 この状況の中でもはっきりと聞こえたその声に、ショウはハッと振り返る。

 そこには、風に靡く紅蓮の髪があった。燃えるような赤い瞳が、真っ黒な魔物を映している。

 気配を感じないと思っていたら、どうやら森の中に枯れ枝を取りに行っていたようだ。片手には杖を持ち、もう一つの手でたくさんの枯れ枝を抱えている。森の中にいたせいで、この状況に気づくのが遅れたらしい。

「もう一度訊ねる。これは一体どういう状況なのだ?」

「どうって……。湖から突然魔物が現れて、パティを吹っ飛ばして……」

 ほう、とリアの瞳がキラリと輝いた。

「パティを吹っ飛ばしたと」

 その声音には、はっきりと怒気が混ざった。

 一瞬、ショウは自分に向けられたものではないとわかっているのに、背筋が凍った。リアは怒らせたら怖いというのは、戦場で嫌というほど理解したからだ。

「はい」

 思わず、背筋が伸びて返事が敬語になる。

 リアは足元に抱えていた枯れ枝を置き、まっすぐに魔物を睨みつけた。

「なら、制裁を与えねばならん。私の可愛い妹を傷つけた罪は、その命を持って償ってもらわなくては」

 10秒だ、リアのその言葉にきょとんとする。ショウが自分の指示を理解していないことがわかったリアが、チラリと一瞥をくれて指示をし直す。

「10秒だけ足止めしろ。それだけで充分だ」

 だが、相手は打撃攻撃がまったく効かないほど硬い鱗を持っている。魔法が効くのだろうか、と疑問が脳裏を過ぎった。

 その不安から、思わず「大丈夫なのか?」と訊ねると、リアはその言葉ににやりと笑った。

「くだらん質問をするな。私を誰だと思っている? ヴェアール家の至宝と謳われるリア=ヴェアールだぞ? これくらいの雑魚、一発で葬り去ってくれる」

 どこからくる自信なのか、リアはそう言い切った。リアは自分の魔法の才能に自信と誇りを持っている。それを思い知った。

 ショウはリアの言葉を信じ、頷くと、魔物へ跳びかかった。魔物の視界にリアが映らないように、目の前を素早く移動して魔物の意識を自分へと向けさせる。

 その間に、リアは身の内の魔力を放出する。今回は強い魔法を使うので、放出する魔力も多い。

 練る。

 魔力を練っていく。大きな魔法となるように、漏れがなく緻密に練っていく。ここで失敗してしまえば、どれだけたくさんの魔力を放出しても強い魔法にはならない。この魔物は一撃で仕留めなくては危険だ。

 リアが使おうとしている魔法は、対象との距離が遠ければ遠いほど失敗しやすいのだが、これだけ近ければまず外すことはないだろう。

 その間に、ショウは再び魔物の頭へと乗った。振り落とそうと、魔物は必死になって頭を振る。

 大きな尾が、ばしゃん、と水面を叩いた。水飛沫(みずしぶき)が視界いっぱいに広がる。

 心の中でカウントを続けていたショウは、そろそろ10秒が経つ頃だ、と思ってちらりとリアを見ると、リアはちょうど魔物に向かって杖を掲げているところだった。杖の先端の魔鉱石が赤く光り輝いている。

 それを見て、ショウは魔物の頭から離れた。真っ黒な瞳でショウの姿を追いかけていた魔物の視界に、魔法を使おうとしているリアの姿が入る。

 その魔法が自分に向けられることを理解した魔物がリアに襲い掛かろうとした瞬間、紅蓮の髪の少女は魔法を完成させる最後の行程である呪文を紡ぐ。


「ーー地獄の業火で燃え尽きろ」


 呪文が紡がれた瞬間、地面に着地したショウを爆風が襲った。足をすくい上げるほどの爆風に、吹っ飛ばされそうになるのを必死に耐える。

 しかし、それも一瞬のことだった。ショウが魔物の内部に大きな魔力の塊を感じてハッと視線を向けると同時に、その身体が内部から爆発し、熱風がショウの頬を叩いた。思わず、顔を腕で庇う。。

 耳を劈くような爆音の中で、ちらりと薄目を開けてリアを見ると、リアは平気そうな感じだった。顔を庇う様子もなく、赤い髪を熱風に靡かせながら、真っ直ぐに魔物がいた方向を見つめている。

 ――これがリアの強さ……

 ショウはそう思った。

 自分が手も足も出ないような魔物を一発で簡単に葬る。これが、リアが孤高の法使いと言われる所以。

 ヴェアールの至宝と言われるのもわかる。これだけ強ければ、十三歳で戦争に駆り出されるのも頷ける話だ。

 爆風がおさまり、耳を劈くような爆音も消えた。

 ショウは顔を庇っていた腕を下ろし、湖面を見つめた。

 そこには静かな湖面が広がっているだけで、先ほどまであった黒くて大きな身体はどこにも見当たらない。少し焼け焦げたような臭いが残っているだけ。

「一体、どうなったんだ?」

「外部からの攻撃に強いようだから、内部から爆発させた。それだけだ」

 簡潔な説明。だが、わかりやすかった。

 外部からの攻撃に強ければ、内部から攻撃すればいい。それはとてつもなく簡単なことだ。内臓が強い生き物はあまりいない。それは魔物でも変わらないだろう。

 リアはそれを一瞬で見抜いたということだ。

 魔法の攻撃力を思い知らされる。そして、それを操るリアの強さも。

 これが、亜人が脆弱だと言っていた人間が持つ未知の力。

 決して亜人が持つことができない力だ。

 魔法は人間にだけ与えられた力。その力を操って魔物を屠るリアは、《混沌期》を迎えた世界では救世主にも近い。

 ショウはそんなリアから見捨てられないように努力しようと心に誓った。

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