プロローグ リク編1
もう一つのプロローグ リク編の前半です!
プロローグ2
一体、なにが起きたのか。
すべては一瞬だった。
少女はその光景を呆然と見つめていた。さっきまで言葉を交わしていた父の背中を、漆黒の剣が貫いている。
瞬時に状況を判断しようと、視線だけを動かす。
父の身体には力がなく、明らかに死んでいるように見えた。
「……」
取り乱しそうになるのを、必死に理性で抑え込んだ。どんな状況でも我を失ってはいけないと、幼い頃から父に言われていた。その言葉が脳裏を過ぎる。だから、取り乱してはいけない。
賊が侵入し、父を手にかけたとしか思えない。強い結界が張り巡らされているはずの屋敷に、どうやって入り込んだのだろうか。結界だけではなく、警備の人間もいたはずだ。それを掻い潜ってここまで入り込むのは不可能に近いはずなのに。
冷静に冷静に、物事を考えようと理性を働かせる。取り乱したら負けだ。
その時、声が響いた。
「これで、魔力は少し戻ったか……」
さっきまでその場にいなかった第三者の声に、少女は身を硬くした。まったく気配を感じなかった。
杖を強く握り締め、父の背中を見つめる。間違いなく、父の身体の向こう側に誰かがいる。先ほどまではなんの気配もしれなかったのに、今では不安を掻き立てるような言い知れぬ気配がする。異様で異質な気配。とても人間とは思えない。
「誰だ?」
少女が誰何する。
その声でやっと第三者は少女の存在を認識したらしく、「おや?」と声を上げた。
「ああ、『リク』。そこにいたんだね」
力を失った父の身体を、軽々と部屋の隅へと投げ捨てる。その光景に言葉を失った。父親の身体をぞんざいに扱われたことに、少女は賊に対して殺意を覚えた。
そして露わにある、父を殺した第三者。
銀色の髪の男だった。あまり見かけたことがない髪色だ。その髪が、窓から射し込む月の光を反射して輝いて見えた。瞳も色素の薄い銀色をしている。
人を殺した直後だというのに、なにが楽しいのかうっすらと笑みを浮かべている。
「お前……自分が殺したのが誰だかわかっているのか?」
言葉を絞り出す。父はこの国の中では高い地位にある。それをわかって殺したのかと訊ねると、男は興味なさげに言った。
「知らん。だが、その身に秘める魔力は上質だった。『キッカケ』を得るには充分なくらいだ」
「……」
父のことを知らないとなれば、少なくとも敵国が仕向けた暗殺者ではないということか?
だが、敵国とは停戦協定を結んだはずだ。再び戦争になるきっかけを起こすとは考えづらい。あの戦争は、両方の国に大きな傷を残したのだから。だとしたら、この男は誰が差し向けた暗殺者なのだろうか。
結界も通り抜け、警護の人間にも気づかれずにここまできて、父を一瞬で葬り去った腕前を考えるに、只者ではないのは確実だ。
手に持っていた杖をギュッと握り締め、警戒心を強める。
銀髪の男は、髪をかき上げた。
「『リク』。これで、私を殺したいと思ったかい?」
『リク』?
少女は『リク』という名前ではない。だが、この場には少女一人しかいないので、少女を『リク』と呼んでいるのは間違いない。
しかし、『リク』という名前には聞き覚えがある。それは古い歴史書に出てくる名前であって、神格化され宗教の元となっている今では、恐れ多いと子供につけることが避けられるようになった名だ。よって、この世界では『リク』という名前の人間は存在しない。だから、余計に少女は自分が『リク』と呼ばれる理由がわからなかった。
「私は『リク』ではない」
少女がそう言うと、男はくっくっくっと笑った。
「いや、キミは『リク』だよ。キミからは『リク』の気配が色濃く感じられる。この私が間違えるはずがない」
なにを言っているのかがわからず、少女は眉を寄せる。
突然現れておいて、人の父親を殺し、意味不明なことを言う。
しかし、それでも自分がすべきことはただ一つ。
この国では、高い身分にある者が命を奪われた際、その賊を討ってもいいとされている。この男が父を殺したことは間違いないので、少女は男を討つことを決めた。
「私の父を殺した罪は重いぞ。その命で償え」
少女は冷静だった。目の前で父親が殺されているにも関わらず、とても冷静に見えた。実際は、冷静であろうとしていただけだ。国でも重要な地位にある家を継ぐ人間として、常に冷静な判断をすることを幼少の頃より求められ続けた。
それに加え、過去にもたくさんの命が奪われる現場にいた。だから、目の前で命が失われることに悪い意味で慣れてしまっていた。それを、少女は男に杖を向けながら、嘆かわしい、と思った。
取り乱したいのに、立場がそれを許さない。少女が生きてきた環境がそれを許してくれない。だから、年相応の女の子のように父の死を嘆き悲しむことはできなかった。
父がいなくなってしまった今、自分が取り乱してしまえば家が立ちゆかなくなってしまう。父がなによりも大事にしていた家を守らなければならない。
それに加え、まだ現実を受け入れ切れないのかもしれないと、少女は冷静な部分で考える。
「私を殺したいと思ったのなら、殺せばいいよ」
「それでは、遠慮なく……」
少女の目が細められる。
少女の赤い髪が風もないのに靡き、不思議な力が少女の身体から放出される。
人々はそれを魔力と呼び、その魔力によって起こる奇跡の事象を『魔法』と呼んだ。
少女が全身から放出した魔力を見て、男は「ほう」と声を上げた。
「なかなかじゃないか。あっちは廃れていたが、こっちはおもしろくなっているな」
人々が奇跡の力と呼ぶ魔法を目前にしながら、男は怯えた様子を見せず、むしろ楽しそうに笑った。
少女はそれを見て、人の父親を殺しておきながら、なにが楽しいのかと怒りを覚える。
「燃えろ」
短い呪文だが、少女が口にすると人の命をいともたやすく奪う力となる。
魔力が練り込まれ魔法となり、魔法がこの世界に具現化する。それは炎となって男を襲った。足元から現れた炎に包まれた男は、ニヤニヤと笑ったままだった。
その光景に、少女は目を細めた。
通常なら、熱い熱いとのたうちまわるはずなのに、この男はそのような素振りを一切見せない。魔法に対して耐性があるのだろうか。
「まだまだだな。こんなものでは、私を殺すことはできないぞ」
男の全身から放たれた禍々しい気配によって、少女が生み出した炎は消え去った。殺意を込めた炎が簡単に消えたことに、少女は驚きを隠せない。
「……貴様、何者だ?」
魔力とは違うなにか別の力を操る男に、再び問いかける。
少女の問いに、男はにやりと笑った。




