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Wind Illusion Story ー世界は混沌に選ばれし勇者の再来を待ち望むー  作者: 雪杜 凛


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プロローグ ソラ編2

 炎の轟音にも負けないような、生々しい音が聞こえた。


 青年にとっては、昔に聞き慣れた肉の断つ音だった。だが、一度聞いてしまえば耳について離れない音。

 ぶらん、と彼女の手が力なく垂れた。

 青年は目を見開く。

 彼女の胸から背中にかけて、一本の剣が貫いている。心臓を見事に貫いた一太刀。

 彼女の瞳から光が失われた。それを見た青年は、はっきりと悟った。彼女の瞳は、もう二度となにも映すことはないのだと。血を垂らす彼女の口は、もう二度と自分の名前は呼んでくれないのだと。

 理解した。理解してしまった。

 

「あっけないものだ。生き物は、本当にあっけない」


 男は心底つまらなさそうに言った。

 その声が頭の中をぐるぐると回る。この男の言葉を認めたくはないが、人とはこんなにあっさり死んでしまうのか。それは、あの出来事で散々思い知ったはずなのに。幸せな日々の中で、その現実を忘れてしまっていた。

 人は必ず死ぬ。神様から生きとし生けるものすべてに与えられた、平等な結末だ。生きている限り、最期は絶対に迎えなければならない。

 でも、こんな理不尽な死は受け入れられない。受け入れられるわけがない。

 青年の全身から力が抜けた。

 ――死んだ?

 彼女が死んだ?

 死んでしまった。

 愛する人すら守ることができずに、自分はこうやって生きている。

 なんてことだ。

 男は力を失った彼女の身体を、まるでゴミでも捨てるかのように燃え盛る炎の中へ投げ捨てた。

 彼女が燃える。

 彼女の服が。彼女の身体が。綺麗だった彼女の髪が。

 すべてが燃える。


「これで、身体の構成は完璧になった」


 男の言葉など聞こえない。

 青年は燃えゆく彼女を見つめていた。目を逸らせなかった。この現実から目を逸らしたいのに。

 今度の彼女の誕生日にプロポーズして、結婚して幸せになろうと思っていたのだ。それが、なぜこんなことになってしまったのだろう。

 ――オレが犯した罪のせいなのか?

 里の禁忌を破ってしまったから、これはその罰なのか。そうだとしたら、あまりにも代償が大きすぎる。

 こんなことになるなら、あんな罪を犯さなかったのに。


「今の私は機嫌がいい。特別に教えてやろう。私の名を」


 青年がゆっくりと男を見る。

 男の顔を視界に入れた瞬間、心の底から沸々と何かが湧き起こってきた。あまりにも大きくて巨大な感情に、心臓が大きく高鳴る。耳元で心臓が鼓動を刻んでいるかのようだ。

 視界に男の姿しか映らない。燃え盛る炎は一切目に入らなくなり、炎の轟音も聞こえなくなる。

「ーーッ!」

 あぁ、これは殺意だ。

 青年にとって、初めての感情。初めて、心の底から誰かを殺したいと思った。

 この男は殺さなくてはならない。絶対に殺さなくてはならない。

 殺意が浮かんだ瞬間に、青年の目つきが変わる。覚悟を決めた瞳で男を見つめる。

 その変化に、男は嬉しそうに唇の端を吊り上げた。


「それでいい。それでこそだ。すべてはその感情から始まる」


 青年の住む里を全滅させた男は、両手を広げた。銀色の髪が熱風で舞う。


「私の名は、クオシス=アレイ。いずれ、この世界を手に入れる闇の覇者だ」


 名乗り、その姿が空気に溶けるように消える。その瞬間、炎の燃える音が戻ってきた。

 自分だけが生かされた。そのことに、なにか意味があるのだろうか。

 あれだけ身体に負荷をかけていた重みも消え去り、青年はゆっくりと立ち上がる。一歩一歩、ゆっくりと彼女の元へと近づく。手前まで近づき、膝から力が抜けた。呆然としていると、視界が涙で滲み、頬を伝った。

「ごめんなさい……」

 守れなくて、ごめんなさい。

 いつもなら、「仕方ないわね」と微笑んでくれる両親はいない。背中をばんばんと叩きながら笑ってくれる友達もない。優しく抱き締めてくれる彼女もいない。

 もう、誰もいない。

 ぴちょん、と鼻先に雫が落ちてきて、ゆっくりと見上げると、空は黒く濁っており、しばらくすると雨が降ってきた。

 そして、炎は雨で消えた。

 里を燃やし尽くした炎は、空から降ってきた雨であっけなく消え去った。

 雨の降る中、青年はポケットからあるモノを取り出す。自分の名と同じ意味を持つ、星型のペンダントだ。今度の彼女の誕生日にあげようと思っていたもの。その時、一緒になろう、ってプロポーズするはずだった。

「……っ」

 紐を食いちぎり、自分の首に回し、後ろで結ぶ。長さは彼女に合わせていたから、少し位置が高いが気にしない。

 結び終わると、星をギュッと握り締める。

「……絶対に仇を討つから」

 そう心に決めた。なにがなんでも仇を討つ。それまでは絶対に死ねない。

 修羅の道を進もう。進んでしまっては、もう戻ることができない道だ。それでも青年は進むと決めた。

 それから青年は一日かけて、誰かもわからなくなってしまった里のみんなを埋葬した。

 その間に雨は止み、分厚い雲から晴れ間がのぞく。

 すべてが燃えてしまったため、持って行くような荷物はない。ただ唯一、手に馴染んだ長剣だけを持っていくことにした。両足で立てるようになった時から父親から修行を受け、一人前と認められた時に贈られたものだ。村で一番の腕前だった鍛冶屋の親戚が鍛え上げてくれた。

 その長剣を手に、青年は里の入り口で頭を下げた。

 ここに戻ってくることはできないかもしれない。その覚悟もできている。

 もし戻ってきた時は、仇を討てたことを報告する時だ。

 みんなの前で仇を討ったぞと、酒を酌み交わしながら。

「行ってきます」

 いつか帰ってこられますように。

 その希望を言葉に乗せて、青年は生まれ育った里に背を向け、仇を探す旅に出た。


 神聖歴938年 2月 10日のことである。

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