戦争が残した遺物2-5
「私は、誰もが羨む力を持ちながら、その力を手放したいと一瞬でも考えてしまう時の自分が心底嫌いだ」
「大丈夫。リアは誰から見ても、ヴェアールの次期当主として文句がないくらいに立派にやってる」
「私はヴェアール家の後継者として、周りの期待に応えてきたつもりだ」
リアは周囲の期待に応えて努力したからこそ、今のリアが形づくられた。
しかし、それに対して父親はあまりいい顔をしなかった。リアはヴェアール家に生まれたが、父親はのびのびと子供らしく育ってほしいと願っていたらしい。だからこそ、天真爛漫の花言葉を持つヴェアール家の領地だけに咲く『リア』の花の名前を名付けた。
けれど、その名に込めた願いとは違い、リアは天真爛漫に育つことは許されなかった。
小さい頃から大人に囲まれて育ち、同年代の友達は一人もいない。周囲には大人しかいなかったから、大人びた子供になってしまった。
「私には、将来ヴェアールの当主となる以外、道はない」
それは敷かれたレールの上を歩くような感じだ。他に選択肢がないことを意味する。
残念ながら、この世界ではそれが当たり前だとされている。商人の子供は商人に、鍛冶屋の子供は鍛冶屋になる。農民の子供は生まれた瞬間から農民だ。魔法使いの家系に生まれた魔力の高い子供は当主となる。
それが、この世界で当たり前とされていること。
生まれた瞬間に、人の一生は決まってしまっている。
そして、人々はそれを当たり前に受け入れている。疑問を持つこともなく。
リアもそのうちの一人だ。魔法使いの家系に生まれた高い魔力を持つ子供だから、当然のように周囲の期待を受け入れた。そんなリアに取り入ろうとする者も多く、それにうんざりしていたのも事実だ。
「だから、私はヴェアールの当主となる。今は少し寄り道しているが、仇を討ったら家に戻り、当主となる準備を経て、私は正式にヴェアール家を継ぐ。お父さんが死んでからは、みんなその方面で動いている」
当主が亡くなった際、貴族の家では色々な騒動が起きることも多い。リア自身、泥沼の後継者争いが起きた貴族の家をいくつも見てきた。そんな争いが起きた場合、真っ先に被害を受けるのは領民だ。
だが、ヴェアール家の場合、当主の子供の中で一番魔力の高い者が継ぐと決められている。それでも若干の争いが起こることは過去の記録であったと聞く。しかし、ほかの家に比べれば小さな争いだ。
リアには兄と弟がいたが、二人とも魔力はリアには遠く及ばない。だが、それを僻むわけでもなく、二人ともリアが当主となることに納得している。当主となった後は、全力で支えるとも言ってくれている。
私は恵まれているのだ、とリアは昔、言っていた。
人にも魔力にも恵まれすぎて生まれてきたのだ、と。
「私はいずれ当主となるだろう。無事に敵を討て旅を終えることができれば、お前はこれからの人生を好きに選べ」
それは、目的を達した後は好きにしていいということだ。一人で世界を放浪するなり、リアの領地に一緒に帰ってもいいということ。
ショウは亜人。リアは人間だ。
同じ罪を背負っていながら、普段は別の世界を歩いている。
「すべてが終わったあかつきには、お前が望むならヴェアール家に招待しても構わない。ヴェアールのみんなは快くお前を受け入れてくれるはずだ」
「……そうだね。考えておくよ」
ショウは、故郷に戻るのはすべてが終わった後だと決めている。その後のことは、まだ決めていない。
リアの領地に行くのも選択肢の一つだとは思う。ヴェアール家は貴族の中では珍しく亜人に対して寛容で、領内には数人の亜人が領民に混じって暮らしていると聞いたことがある。ヴェアールの領民は、亜人の存在を受け入れている珍しい地域だ。
ショウの里では、稀に外の世界へ出ていく者たちがいた。その者たちは、どこへ行くのかと訊ねた共に「ヴェアール家の領地へ行く」と言った者がいた。その時に、ショウはヴェアールという家名を知った。そして、その名を背負う小さな少女と戦場で出会うなんて、その時は思いもしていなかった。
「私には帰る家がある。だが、お前にはない」
ショウは故郷を奪われた。だが、リアの故郷は奪われていない。
だが、奪った相手を心の底から憎んでいる気持ちは同じくらいだ。こうやって、仇を討とうと旅をしているくらいなのだから。
ショウはリアが父親を尊敬し、心の底から愛していたことを知っている。だから、奪われた時はショックだっただろう。だが、リアは涙を流さなかった。それは、リアがあまりにも命を奪われる現場を見すぎて、人が死ぬということに慣れてしまったからだと言っているが、ショウはそれは違うと思った。
リアは取り乱した自分とは違い、ヴェアールの名を持つ者として冷静であろうとしただけだ。父親を殺された娘である前に、ヴェアールの後継者である意識がそうさせただけだと思っている。
「ショウ。私たちは同じ罪を背負い、同じ仇を追っている。だが、お前は亜人で、私は人間だ。最初から、歩んでいる世界が違う。それでも私たちはわかり合えるはずだ」
リアは亜人に理解がある少女だ。この世界ではとても珍しい存在に間違いない。だから、ショウはリアと共に旅をすることになんの躊躇いもなかった。
もしこれがリア以外の誰かであったならば、ショウは今でも独りぼっちで大陸を彷徨っていたことだろう。
孤高の魔法使い。
戦争の時、誰かがリアのことをそう言ったのを思い出す。
世界中の魔法使いがどれだけ鍛錬を積んでも届かない領域にすでに到達している、世界トップレベルの魔法使い。
その強さは誰も寄せ付けず、まだ成人していない年齢で世界の頂点に立つ。
そのリアが誰よりも優しいことを、ショウは知っている。だからこそ、戦場で誰よりも傷ついた。
心優しい少女に、戦場は地獄すぎる。よくぞ心が壊れずに済んだと思うくらいに。
「いつか、この旅を笑いながら話せる日が来たらいいな」
ショウがそう言うと、リアはこくりと頷いた。
「みんなで力を合わせて、すべてを終わらせよう。お前の言うとおり、いつか笑いながら思い出として話せる日が来たらいいな」




