戦争が残した遺物2-4
「ショウ、恐ろしいとは思わないか?」
リアがなにを言いたいのか、ショウは簡単に想像がついた。ショウ自身、その可能性を考えなかったと言えば嘘になる。
「いつか、私が手にかけた兵士の家族や友人から『人殺し』と言われることを、私はとても恐れている。憎悪の目で睨まれ、お前なんか死んでしまえ、と言われるのが、とても恐ろしいのだ」
「うん。その気持ちはすごくよくわかる」
だからこそ、ショウは戦争が終わってすぐに里に帰った。そうして里から出なければ、そんな可能性は微塵もないからだ。
『人殺し』は、殺した分だけその人の家族や友人から恨まれる。なんであの人を殺したんだ、お前が死ねばよかったんだ、とそう言われた時は、甘んじで受け入れなければならないのはわかっている。だけど、恐ろしいのは事実だ。
「私だってそうだ。父を殺され、その仇を追っている。もしも父が戦争で死んで、殺した相手が目の前にいたら、私も同じことを言ってしまうかもしれん」
『人殺し』! お前なんか死んでしまえ!
ショウはこの言葉を言われた時の憎悪の瞳が自分を貫く光景を想像すると、空恐ろしいものを感じる。
憎悪の瞳ほど恐ろしいものはない。
しかし、それはショウがクオシス=アレイに向けた瞳と変わらない。ショウもこの立場にならなければ、誰かを憎むという感情を理解できなかったかもしれない。自分と同じ感情を自分に抱いている人間がいるかもしれない。この大陸のどこかに、必ずいるはずなのだ。
「私は戦争に参加してよかったのか、今ではよくわからなくなっている」
――国民すべてを守りたいなんて大層なことは言わない。せめて、この手で守ることができる人たちだけでも守ることができればいい。私はそれだけで充分だ。
リアは過去に戦場でそう言った。
国に住む人間のすべてを守ろうというのは綺麗事にすぎない。守るためには他国の人間を殺さなくてはならないのだから。それが戦争だ。
せめて、幼い両手で守りきれる人間だけを守れるなら、それでいいと、当時のリアは本気で思っていた。
「私は人を殺した。それは紛れもない事実だ。なにがあっても、忘れてはならない罪だ」
ショウだってたくさんの人間を殺した。この両手でたくさん殺した。たくさんの血を浴びた。
今でも覚えている。人の肉を断つ感触を。さっきまで体内に流れていた血の温かさを。
「私はな、父が殺された時、涙の一つも流さなかったのだ。目の前で父が殺されたというのに、私は取り乱したりすることもなく、冷静であろうとした」
冷静に奴と言葉を交わした。
父が殺されたのに。
尊敬していた父が目の前で無残に殺されたのに。
「私は、人の『死』にこんなにも慣れてしまったのだと思い知った」
やはり、戦争は悲惨なのだ。いいことなんて一つもない。
ショウは里が燃えた時のことを思い出した。みんなの遺体を前に泣いた時のことを。
ショウはみんなが殺されてつらくて泣いてしまったのに、まだ未成年のリアは父親の死に泣くことを許されなかった。リアの立場は、親が亡くなっても悲しむことを許さない。
そのことをショウは悲しく思った。
「リアはなにも悪くないよ。あれは戦争だったんだ。仕方のないことなんだよ」
ショウの言葉に、リアは自虐的に笑った。
「私もそうやって割り切ることができたらいいのだが……」
リアの性格的に、自分の行ったことに責任を感じやすいのは、簡単に想像がつく。だから、すべてを受け止める。逃げも隠れもせず。
ゆえに、誰よりもつらい気持ちを抱え、それを吐き出せない。
「リアはきっと報われるから」
「その確証はどこにあるのだ?」
「……確証はないけど」
その言葉に、リアは小さく笑った。年相応の女の子らしい笑顔だった。ショウは珍しいものを見た気分になった。
「確証がないことを口にしない方がいい。いつか、相手を傷つける時が来るぞ」
「肝に銘じとく」
それから二人の間には沈黙が支配し、バチバチと焚き火が爆ぜる音だけが響く。
「私は――――」
リアが口を開く。ショウは黙って耳を傾ける。
「私は自分が魔法使いであることを引け目に感じたことはない」
知っている。
リアが魔法使いである自分を誇りに思っていることを。
「だが、このような大きすぎる才能を重く感じてしまう時があるのも事実だ」
確かに、成人も迎えていない少女が受けるには大きすぎる賛辞に、重すぎる期待。常にプレッシャーを感じても当たり前だ。隠せない見た目が、どこに行っても人目を引く。その一挙手一投足を誰もが注目する。常に人に見られている緊張感があるのだろう。
もしリアが普通の魔法使いだったのなら、戦場に立つこともなかっただろうか、とショウは考える。
普通の魔法使いである未成年の少女には、もしかしたら召集令状は届かなかったかもしれない。
大きすぎる力は、いずれ持ち主を破滅へと導く。リアは小さい頃からそう言い聞かされ、両足で立てるようになってからすぐに身の内の大きな力を制御できるように訓練を受け始めた。
小さかった頃は、魔力をうまく制御できなくてよく暴走させていた。小さい身体に大きな魔力がおさまりきらずに暴走させてしまうのは、高い魔力を持つ子供にはよくあることだった。リアも例外ではない。それで近くにいた人を傷つけたこともある。
そのたびに、母親から言われた。
あなたの力は強すぎるけど、それを自在に操れるようになったら、きっとあなたを守ってくれるはずだから。
「兄や弟のように普通の魔力でよかったのにと何度も思ったことがある。魔力を完璧に制御できるようになるまでは、兄や弟が羨ましくて仕方がなかった」
ショウは独白するリアの頭にぽんぽんと手を置いた。
知り合ってから、ショウは一度もリアの涙を見たことがない。自分よりも年上の大人の中で引けを取らないほどの存在感を放ち、恐れを知らない笑みを浮かべ、大きな力をためらいもなく行使した。
そんなリアしか知らないから、正直、自分にこんな弱々しい姿を見せてくれたことが嬉しかった。
リアは信頼した者にしか本当の自分を見せない、と昔リアの従者が言っていたのを思い出す。
自分はリアに信頼されているのだと思うと、とても嬉しかった。
里が滅んでひとりぼっちになってしまったが、それでもこんな自分を信頼してくれる人間がいる。それだけで救われるような気持ちになれた。
だからこそ、信頼には信頼を返したいと思った。




