戦争が残した遺物2-3
焚き火の炎が爆ぜる音が響く中、リアが口をひらく。
「ショウはあの戦場での夢は見ないか?」
その言葉に、ショウは首を横に振った。正直、戦争が終わり里に戻ってから、戦場を思い出すことはほとんどなかった。
「そうか。私は時々夢を見る。私が魔法を使ってたくさんの人間を殺す夢だ。そんな夢を繰り返し見るたびに、私は自分の犯した罪を思い知らされる。忘れるな、お前は『人殺し』なのだ、と命を奪った人々が訴えてきている気がするんだ」
罪はどうしようもなく責め立て、苛む。
忘れるな、と言う。
忘れることが罪なのだ、と。
自分が犯した罪を忘れて幸せになろうとしていたショウは、何も言えなかった。
戦場では殺すのが当たり前で、殺した数で評価される。人の命を奪うことは悪いことだが、リアが立ったのは戦場だ。自国の兵士を守り自分が生き残るためには、敵を殺さなくてはならない。
リアはたくさんの自国の兵士を守った。戦況をこちらへ傾けた。そのことで敵兵を殺したことを、誰も責めることはしないだろう。
リア自身もそれはわかっているはずだ。だが、納得しきれないから苦しんでいる。
割り切って忘れかけていたショウとは違うのだと思い知った。
リアの視線は目の前で燃える炎から離れない。
「私は戦場に立った」
黒甲冑を身に纏う兵士の中で、一際輝いていた紅蓮の髪。ショウはその光景を今でも覚えている。燃えるような髪を靡かせ、兵士を導いた幼い少女。
世界で名高い名門の家に生まれ、否応なくすべてを期待された少女。
一際、その存在は目を引いた。
赤い髪と赤い瞳は魔法使いである証。それは隠されることなく、戦場で存在感を主張した。
意志の強さを感じさせる瞳でしっかりと敵を見据え、大きな魔法を使って敵を燃やし尽くした。
幼いながら、リアはその瞬間に英雄となった。
「戦場に立った選択肢を私は間違ってはいないと思っている。私が戦場に立たなければ、多くの国民が死んでいたはずだ。だが、自国の兵士を守るために敵国の兵士を殺したのは間違いない事実だ」
十三歳で罪を背負った。
この世界で一番重い『人殺し』の罪。
リアは弁解をすることなく、その罪を受け入れた。一生、その罪と向き合うつもりで。
「小さい頃からついていた家庭教師も魔法の師匠も、誰もが私に『人殺し』の罪の重さは教えてくれなかった」
自虐的に笑ったリアに、ショウは言う。
「……『人殺し』の罪は、誰も教えられるものじゃないだろう」
「わかっている」
リアははっきりと言った。
「そんなこと、とっくの昔にわかっている」
吐き捨てるように言ったリアの横顔を、ショウは見た。
罪に苦しみ続ける人間の横顔だった。普段の不敵さからはまったく感じられない、罪に苦しむ人間の顔。
リアは一瞬たりとも自分の罪を忘れることなく、苦しみ続けている。
だが、それはリアが自分で選んだ道。リアは自分で戦場に立つ選択をし、自分の意志で命を奪った。
「周囲から圧力があったのは間違いない。だが、私は罪を犯すことを自分で選んだ。この罪は誰にも分け与えない。これほどの罪に苦しむのは、私一人で充分だ」
父親も一緒に苦しんでくれると言った。だが、リアはそれをよしとしなかった。だからこそ、父親の前で苦しんでいる姿は見せられなかった。義妹であるパティにすら見せられない。みんなの前では強い人間でいたかった。
こんな姿や弱音は、同じ戦場に立ったショウだからこそ見せられる。ショウもそれをわかっていた。
《レーベル大戦》において、リアは二度目の大きな衝突である《フレスト対戦》から参加した。その戦争に参加しただけで、リアは戦況を自国の方へ傾け、その存在を敵国へと見せつけた。
リアが参加するまでたくさんの魔法使いが戦場へ送り込まれたが、彼らの力はリアが持つ力には遠く及ばない。
圧倒的な力を使い、リアは罪を背負った。
一度の魔法で何千人、何万人とリアは殺したのだ。
それが13歳の少女が背負うにはあまりにも大きすぎる事実であることも理解できる。ショウにとって13歳はまだまだ子供だ。そんなものを背負うには若すぎる年齢だと思う。
「でも、時々、よかったのだろうか、と思うことがある」
「どういう意味?」
「戦場から遠く離れたヴェアールの屋敷で、戦争をどこか他人事のような別世界の出来事のように見ていることができたのなら、私はこんなに苦しむことはなかったのかもしれないのではないかと」
「……」
ショウも何度か、似たようなことを思ったことはある。
自分が戦争に参加して、なにか意味はあっただろうか、と。
亜人がたった一人戦場に立ったところで、戦争を終わらせることなんて不可能だ。だから、自分が戦争に参加した意味はあったのだろうかと。
だが、リアは違う。
リアは、その身一つに戦況の勝敗を左右するほどの力があった。
ノース=カイマートの国王が正気を取り戻すことなく戦争が続いていたら、リアは未だに罪を背負い続けていたかもしれない。
もしかしたら、ノース=カイマートの兵士たちを殺し尽くすまで止まれなかったかもしれないのだ。
「ショウ、私は恐ろしいのだよ」
リアは膝の上で手をギュッと握り締めた。その姿は、昼間の気丈に振る舞う様子とは違っていた。
それを見て、ショウはリアがまだ成人していない子供なのだと再認識した。




