戦争が残した遺物2−2
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何やら、懐かしい夢を見たような気がした。
リアは隣で寝ているパティを起こさないように静かに上半身を起こした。
可愛い義妹の寝顔を見て、自然と頬が緩んだ。
リアはパティを家族だと思っている。パティのことを素性がわからぬ拾われ者だと指をさして笑う者がいたが、その者はリアが制裁を与えた。
血は繋がっていなくとも、パティは家族に間違いない。魔力を持っていないから、ヴェアールの名を与えることはできなかったが、ヴェアール家の中で魔力を持たぬ者に与えられる『クラージュ』の名を与えることはできた。しっかりと手続きを行なったため、パティは法律上でもリアの家族であることは間違いない。
あの雪が降る日、なにかに呼ばれているような気がして門のところまで行くと、門の前でパティが倒れていた。その身体には雪が積もっており、早く助けなくては凍死すると思ったリアは家の者を呼び寄せてパティを屋敷の中に運び入れた。
目を覚ましたパティは、それまでの一切の記憶を失っており、自分の名前すら覚えてはいなかった。リアが父や兄と協議した結果、パティをヴェアール家に招き入れることにし、リアが古代風幻語で『家族』を意味するパティと名付けた。
戸籍も父親が王都に出向いて正式に手続きを行い、パティはヴェアール家の一員となった。
そのことを思い出しながら、ゆっくりと立ち上がりテントを出る。
パチパチと爆ぜる音が聞こえ、リアは焚き火の明かりに照らされる大きな背中を見つけた。
二年前から何も変わっていない。背が高いところも、長剣を持っているところも、抜けているようでしっかりと物事を見ているところも何もかも。
亜人は成人したら成長スピードが極端に遅くなることは、誰もが知っている周知の事実だ。人間よりも長い時間を生きる亜人と言う種族に、リアは昔から興味があった。だからこそ、亜人のことを詳しく調べ、実際に亜人と会ったこともある。
そのせいなのか、リアは戦場でショウを見かけた時に一目でその正体を見抜いた。
ショウはリアよりも遥かに長い時間を生きているのは間違いない。本人は年齢に頓着がないらしく、自分が正確に何歳なのかがわからないと言っていた。長く生きる種族は自分の年齢を気にしなくなるものなのだろう。
そんなショウは、大事な故郷と最愛の恋人を失った。
ショウはクオシス=アレイの圧倒的な暴力になすすべがなかったと言う。剣に対してあれだけの腕前を持ちながら、ショウがまったく敵わなかったと。その事実にリアは驚きを隠せなかった。
実際、リアも敵わなかった。まったく歯が立たなかった。
一歩、二歩とショウに近づく。
リアの気配に気づいたのか、ショウはふっと顔を上げ、こちらを見た。どうやら起きていたらしい。
「なんだ、リアか……」
緊張の抜けた顔をした。
「魔物が来たとでも思ったか? 魔物だったら、お前よりもパティの方が早く気づくはずだ」
リアはショウの隣に座った。
ショウの黒銀の髪は、光の当たり具合によって色合いを変える。今は焚き火の光が当たっている部分はオレンジに染まり、当たっていない部分は真っ黒だ。
リアは今までいろんな人物に会ったことがあるが、クオシス=アレイの銀髪とショウの黒銀の髪と同じものを持っている人間を見たことがない。
「まぁね」
ショウは見張りの意味も込めて、テントで寝ない。本人がそう言ったからだ。色々と面倒を見てもらうのだから、夜の晩くらいはする、と。亜人は頑丈だから、睡眠時間は短くてもまったく問題はないと言って。
「眠れないのか?」
「いや、さっきまで寝ていた」
テントを出る際に、無意識に持ってきてしまった杖を隣に置く。
「なにか、懐かしい夢を見たような気がする」
「親父さんとの夢?」
「確かに父が出ていたような気がするが、内容は思い出せない。起きた瞬間に忘れてしまった」
ははは、とショウは笑った。彼が笑っているところは久しぶりに見る。やはり、気持ちに少しは余裕が出てきたのだろう。
「夢なんてそんなものだよ。すぐに忘れてしまう。夢の中でしか会えないのに、目が覚めたら忘れてしまうんだから寂しいもんだよな」
それがとても寂しくて悲しいんだ、とショウは言った。
ショウもリアと一緒で大事な人を失った。それだけじゃない。故郷さえも失った。家族も友達もすべてを失ったのだ。
帰る場所があって待ってくれているリアとは違い、ショウに帰るところはない。待ってくれている家族もいない。
そのことを思うと、リアは心臓に痛みが走る。それでも生きるショウを強い人だと思った。
目の前で燃える炎を見つめながら、リアは「なんとなくだが、戦争に行きたいと私が言ったような気がする」と言う。
「……そっか」
戦争の話をする時は、二人とも顔が暗くなる。戦場でいい思い出などなかった。裏切り、裏切られ、殺して、殺された。あそこは悪夢のような場所だ。
「あの頃の私には戦場に行く以外、選択肢がなかった」
「俺も、里のみんなを守るために戦争に行くしかないと思っていた」
ショウの話では、彼の里の近くまで戦火が及んでいたそうだ。家族も友達も人間のすることに首を突っ込むなと反対したらしいのだが、ショウはその反対を押し切って里を出て戦争に参加したらしい。
「今だから正直に言うけどさ、オレの里はヴェスラ草原の近くにあったんだよ」
「……そうか」
ならば、《ヴェスラ会戦》の戦火はひっそりと暮らしている亜人たちには恐ろしいものだっただろう。
「人間の争いに首を突っ込む必要なんてないってみんなから言われたよ。それでも、自分たちが大事に守ってきた森が燃やされるのを見てて、このままじゃ里が無事じゃ済まないって思ったんだ」
そして、ショウは戦場に立ったということなのだろう。
『人殺し』が当たり前の世界に身を投じ、ショウは殺した数によって評価され、最前線に投入される部隊の部隊長に昇進した。
人間は同族であるはずの人間を殺す。ショウからしてみれば、なんとも不思議な光景だった。
ショウの里では殺しなど一度も起こったことがない。同族はみな家族。それが最初に両親から教わった教えだった。
「でも、今となってはオレのしたことに意味があったのかな、って思うよ」
里を守りたくて戦争に参加し、戦火から守ることはできたが結局ショウの里は滅んだ。そう思っても無理はないだろう。
リアは膝に乗せていた手のひらをぎゅっと握り締める。
「それでも、お前のしたことが無意味だったとは思わない」
「……ありがとう」
無言になった二人の間に、パチパチと焚き火の爆ぜる音が響いた。




