戦争が残した遺物2-1
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――戦場へ行きます。
父親の部屋を訪れた幼い少女は、決意を込めた瞳を向けてそう言った。
その言葉に父親は一瞬だけ驚いたような表情を見せ、すぐに諦めたようなため息をついた。
――いつかは、お前がそう言うのではないかと思っていた。守ってやれなくてすまない。
少女は首を横に振る。父親が謝るようなことではない。少女は父親が充分に娘である自分を守ってくれたとわかっている。
父親は机の引き出しを開け、そこから一枚の書類を取り出した。
書類の下の方に、国王のサインが描かれている。それは国王からの正式な書状に描かれるもので、偽造などは一切許されない。もし偽造してしまったら、それだけで死罪になる。
――お前に対する召集命令だ。
幼い少女は、その書類を見つめた。国王直々の召集命令。それが父親の元へ届いていることを、少女は人伝に聞いていた。そして、それを父親が自分に隠していることも。
――お前は私にとって可愛い娘で、まだ幼い。だから、戦争になんて行かせたくない。
誰だって娘を戦場へ行かせたくないだろう。それが親というものだ。
だが、いくらヴェアール家の当主でも正式に国王の御璽が押されている召集命令を無視はできない。それでもギリギリまでその存在を隠していたのは、幼い娘を戦場へ行かせたくない親心からだ。
しかし、父親はこの召集命令が来た事情も理解しているのだ。国内でも重要な立場にあるヴェアール家の後継者である少女に召集をかけなければならないほど、事態はかなり切迫しているのだと。
――いつか、お前は戦場に行くと言い出す日が来るだろうとは思っていた。
少女に対する周囲からの重圧は、相当なものだっただろう。皆が、世界最高峰の魔法使いと名高い少女が戦場へ行けば、状況が変わると信じている。だからこそ、誰もが少女へ戦場に行くように圧力をかけた。そんな少女が戦場へ行くと言い出すことを、父親は予感していた。
――人を殺す。この行為がどんなことかわかっているのか?
その問いに、少女は頷いて短く答えた。
――はい。
――どれだけに罪に苛まれるかも、わかっているんだな?
――覚悟しています。
少女の意志を確認する。周囲からの重圧はすごかっただろうが、最終的に行くと決断したのは少女自身。それを否定することはできない。
父親はそんな娘を見ていると悲しい気持ちになる。
この子にはもっとどこにでもいる町娘のような普通な生き方をしてほしかったが、周りがそれを許してくれなかった。
常に結果だけが求められる世界に、少女は小さい頃から身を置いていた。少女がその結果を出すのにどれだけ努力したのか、それを評価せず、周りは常に結果だけを求めてきた。そして少女は常に結果を残すために最善を尽くした。
――お前が戦争に出ると決めたなら、その令状にサインをしなさい。
そう言って、父親は羽根ペンを差し出した。
――サインをしたら、もう戻れないぞ。
少女は二歩、三歩と進み、父親から羽根ペンを受け取り、迷うことなく召集令状へとサインした。その瞬間、召集令状から魔法陣が現れ、ふっとその姿が消える。転移魔法で王宮へ送られたのだ。
それを見て、父親はため息をついた。
――できれば、お前に『人殺し』などさせたくない。
――普通の親であれば、そう思うのは当たり前です。
そう言いながら、少女は父親へ羽根ペンを返す。
――これで、お前は戻ることは許されない。人を殺すことでしか評価されない世界へと身を投じることになった。
少女は、はい、と頷く。
母親の死で、人が死ぬのがどういうことなのかは理解している。
悲しくて悲しくて仕方がなくて、狂ってしまいそうなくらいに寂しい。
戦争が起こり、人が死んでいくことによってたくさんの人たちがそんな思いをしている。
そして、少女は参加することによって、その思いを抱える者たちはさらに増えるだろう。
――お前を守ってやれなくてすまない。だが、必ず生きて帰ってこい。
魔法使いは強い力を持つが接近戦に弱いため、それをわかっている敵軍はあらゆる手を使ってサウス=リアクターの魔法使いを手にかけ、たくさんの者たちが戦場で命を散らした。世界的に数少ない魔法使いが、さらにその数を減らした。その危険性が少女にもあるのだ。
国王は断腸の思いで、少女に召集命令を出したのは間違いない。国内で一番の名門貴族であるヴェアール家の次期当主を戦場へ駆り出すなど、ほかの貴族からなにを言われるかわかったものではない。しかし、この戦争に勝つにはそれしかないと判断したのだろう。
――必ず……生きて帰って来ます。
赤い髪と赤い瞳は、魔法使いであるなによりの証。
髪は赤ければ赤いほど、強い魔力を持っているという証明になる。少女の髪は鮮やかな赤。燃える紅蓮。
使える魔法も多種多様。使えない魔法はない。
――この手で守れる者たちを守るために、私は戦場へ行きます。
父親は深く息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかった。
――お前が一度言ったら聞かない性格であることはわかっている。周りの重圧が凄まじかったであろうことも、容易に想像がつく。その重圧から守りきれなかった私にも責任はある。だが、お前がこれから犯す罪を一人で背負わせるつもりはない。だから、必ず生きて帰ってこい。
少女は返事をし、父親に向かって深く頭を下げた。
――行ってきます。




