再会6-1
6
災厄は過ぎ去った。
だが、世界は再び《混沌期》を迎えるであろう。
その時、我々は混沌を作りしモノを倒す勇者の存在を待ち望まなければならない。
過去に世界を救った、あの偉大なる『空の勇者』と『大地の勇者』の意志を継ぐ者を。
しかし、我々は勇者を選ぶことができない。混沌が自らの遊び相手として、数多の人類の中から勇者を選ぶからだ。
我々は勇者が選ばれるその時が来る瞬間を、必死に生き残って待たなければならない。
少しずつ闇に蝕まれていく世界の中で。
勇者が選ばれるまでに、魔物によってたくさんの村が消え、たくさんの人が喰われることだろう。
それが《混沌期》と呼ばれる時代だ。世界が滅びへと向かう、絶望が蔓延る時代。
《混沌期》を迎えた世界で多くの吟遊詩人は、魔物の登場を『世界滅亡の前兆』と詠った。私は、まさにその通りだと思う。魔物は世界を滅亡へと導く存在だ。少しずつ力を増していく魔物は、徐々に人の手には負えなくなり、人間は蹂躙されるしかなくなる。
どうか助けてください、と祈っても、それだけでは世界は救われない。
我々はただ待つしかないのだ。
混沌に選ばれし勇者が現れるのを。
そして、いつしか天へ昇るような光が世界を包み込み、魔物が消え去った《黎明期》を迎えるのを。
ただ祈って、待つしかないのだ。
《混沌期》を迎えれば、人類に与えられた選択肢はただ待つこと。それだけだ。
『《混沌期》を迎えた世界と、《黎明期》を求める人々』より前書きを抜粋
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リアは小さく息を吐いて、持っていた本を閉じた。
――もしかして、私たちは混沌に選ばれた勇者なのか……?
今まで何度も、この疑問は脳裏を過ぎった。小さい頃から読み漁った勇者に関する書物、代々ヴェアール家に伝わるヴェナカルタ=ジェンクスの書き遺した書物にも、勇者の話は書かれていた。だからこそ、奴が現れ、『始まりの島』で待つと言った時、この疑問が最初に思い浮かんだ。
『意志ある闇』の存在はこの目で見るまでは信じていなかった。この世界の誰もが、クオシス=アレイが実在するとは思っていなかっただろう。だが、長年伝えられてきたその存在を否定する証拠はどこにもない。
でも、確かに奴は目の前にいて、真っ黒な剣で心臓を貫き、父を殺してその魔力を根こそぎ奪っていった。死んだ父の身体からは、魔力を欠片も感じられなかった。
「……」
リアは本を元の場所に返す。
街を出る前に大きな図書館があることを偶然耳にし、パティとショウに断りを入れて立ち寄ってみた。二人は今頃、市場で露店をひやかしていることだろう。
たくさんの人が行き交う街道の上に作られた大きな街にふさわしいかなり大きな図書館がだった。
「少し立ち読みがしたい」と言うと、「じゃあ、オレらは適当にふらついているから、読んでこいよ」と言われたので、お言葉に甘えて勇者関連の本を何冊か読んだのだが、意外と時間が経ってしまったようだ。
ヴェナカルタ=ジェンクスの手記の写しが何冊かあるのを見つけ、その中でヴェアール家の書庫にないものを読んだのだが、やはり内容はどれも変わらない。似たようなことが書かれている。
――混沌が遊び相手として人類の中から勇者を選ぶ……
混沌とは、間違いなくクオシス=アレイのことだ。そして、リアたちは彼を討とうと旅をしている。
ショウと再会し、彼の身に起こったこと、仇を探していると言う話を聞いた時、もしかして自分たちはクオシス=アレイに遊び相手として選ばれた勇者なのではないだろうか、という考えがリアの中で信憑性が増した。
その可能性を肯定する材料は数多く、否定する材料は限りなく少ない。
しかし、リアたちは世界のために立ち上がったわけではない。仇を討つために手を取り合ったに過ぎないからだ。
――勇者が復讐のために混沌に立ち向かうなんてバカげた話だな……
語り部たちすら、語りたがらないような目的だ。人々からは後ろ指をさされるだろう。
だから、もしかしたら自分たちではないほかに選ばれた誰かがいるのではないか、という気持ちもある。
時間を知らせる鐘の音を聞きながら図書館から出ると、初夏にはまだ遠いけれど温かい日差しに照らされる。
リアは立ち止まり、空を見上げた。眩しい二つの太陽が、この世界を照らしている。ひとつは大きく、もうひとつは三分の一ほどの大きさしかない。
この世界は太陽が二つ存在し、それに比例して月も二つだ。それぞれ、双子太陽、双子月と呼ばれている。
リアは太陽を見上げるのをやめて歩き出す。市場を歩き回っているであろうショウとパティの姿を探し始めた。だが、人が多くてなかなか見つからない。
すれ違う人々は、リアの姿を見てギョッとする。その反応にももう慣れた。戦争で失われた魔法使いの数は半端ではない。死んだ兵士の数と比較すると数字的には小さいが、魔法使いはもともとの数が少ないから一人死んだだけでも損失は大きい。
《レーベル大戦》で300人以上の魔法使いが戦死したとされている。
だからこそ戦争終結後、国は生き残った魔法使いを手厚く保護した。そのため、人々はますます魔法使いの姿をみかけなくなった。ゆえに一目で魔法使いだとわかるリアが堂々と出歩いていると、みなが驚くのだ。
力が弱い魔法使いでも、兵士100人には匹敵すると言われている。両国は自国の魔法使いを集めるだけ集めて、戦争へ参加させた。もちろん、勝つためにだ。
当時十三歳だったリアにも召集は来た。戦争へ参加しろ。そういう召集令状が来たのだ。周囲からの圧力もあり、リアはそれに従って戦争へ参加した。
そして、リアは多くの人を殺した。
なによりも重い罪過を背負った。
この罪からは一生逃れられない。それをわかった上で、リアは自分の犯した罪と真剣に向き合っている。
この苦しみを誰かに知ってもらおうなどとは思わない。苦しむのは自分だけでいい。
リアは、この世界の誰よりもたくさんの人を殺したのだから。その報いは受けなくてはならない。
「いないな……」
ストリートを歩き、ある程度探したのだが見つからない。ショウは普通の人間より頭一個飛び出すほど長身でそれに加え珍しい黒銀の髪をしているから、探しやすいと思ったのだが。
これだけ人が多いと、探しづらい。
リアは人で賑わうストリートから外れ、裏路地に入った。周囲に人がいないことを確認し、杖に魔力を込める。万年樹木を伝わり、杖の先端に付けられている魔鉱石が反応して発光する。
「探せ」
目を瞑り、短く呪文を唱える。
魔力が呪文により構築され、魔法と化す。
リアの脳裏に、ストリートの人混みを上から見た図が映し出される。東へと滑るように動き、黒銀の髪を捕らえた。
――いた……
隣には背の低い金髪の髪もある。ショウとパティに違いない。屋台で饅頭を買っているようだ。
リアが目を開けると、集中力が切れ、脳裏に浮かんでいた映像が消えてなくなった。
「ここから東か……」
呟き、ストリートに戻る。それからは東へ東へと歩き、しばらくして人々の中から頭一個分飛び出した黒銀の髪を見つけた。
「ショウ! パティ!」
声をかけながら近づくと、ショウが饅頭をくわえた状態で振り返った。
一緒に振り返ったパティが「お姉ちゃん!」と手を振る。
ギョッとしている人たちを掻き分けながらリアは二人の元へ到着する。
「朝食べたばかりだろう? もう食べているのか?」
呆れたようなリアの言葉に、「腹が減るもんは仕方ないだろ?」とショウが言った。この巨体を動かすには、相当なエネルギーが必要なのか。しかし、小さいながらもパティもよく食べるため、身長は関係ないかもしれない。
「リアも食べるか?」
「私はいい」
「そっか。結構うまいぞ」
ばくっと饅頭へかぶりつく。
その隣でパティも美味しそうに饅頭へかぶりついていた。口端にあんこ餡子が付いたのを見て、それを取ってあげてから口を開く。
「そろそろ出発しよう」
リアのその言葉に、ショウもパティもこくりと頷く。
空は快晴。雲ひとつない。
新しく新調してもらった服を着たショウは昨日より少し重くなった荷物を背負い、歩き出したリアとパティに続いた。
【聖域】――別名、『始まりの島』を目指して。




