再会5-3
数日滞在した街を出発する前の日。
一階の食堂で食事を終えた三人は借りている部屋へと戻り、同室のリアとパティはそれぞれベッドに腰掛け向かい合っていた。
リアがショウに話していた内容で、パティはやっと義父が誰に殺されたのかを知った。その相手に関する話を詳しく聞きたくて、無理を承知で訊ねると、姉はショウに話した内容を詳しく説明してくれた。
「万能である神が『意思ある闇』の存在を許してしまった理由は誰も知らない」
リアが口にした言葉を、パティは相槌を打ちながら聞いた。
身体を動かすのは大好きなのだが、座学がとことん苦手だったパティは世界の歴史や神話などは全然わからない。こんなことなら、苦手でもちゃんと勉強をしておけばよかったと思う。
しかし、そんなパティにリアは嫌な顔ひとつせずに、淡々とした表情で説明してくれた。
「全知全能であるのならば、神は『意思ある闇』の存在もその行動を把握していたはずだ。なのに、それがこの世界を闇に包みこもうとした時、神はそれを止めようはしなかった」
リアの魔法で部屋は明るいが、彼女の表情は暗かった。
「どうして?」
「神は世界を創っただけ。《神の成功作》と謳われる、この世界を。作った後は無干渉を貫くつもりなのかもしれない。神は、この世界が壊れれば新しい世界を作ればいいだけなんだからな。そんな無干渉を貫く神に、人々は絶望した。その中で二人の勇者が人類を代表して立ち上がり、『意思ある闇』を封印し、世界を救った。それがこの世界に残る歴史だ」
『意志ある闇』は自ら望んでこの世に生まれ落ちたわけではないのに、《神の失敗作》と罵られ、《神の成功作》と賛美されるこの世界が憎くてたまらなかったのだろう、とリアは言った。
「奴もある意味、全能なる神の所業による被害者だと学会で発表した学者もいる」
「でも、ショウの故郷を燃やしたり、お父さんを殺す必要はなかったんじゃないの?」
「奴の封印は解かれた可能性は非常に高い。なにしろ、勇者が奴を封印したのは神聖歴53年の頃だと記録が残っている。あれから900年近い年月が経っている。封印が弱まっていても不思議ではない。封印が解かれた奴は、目的はわからないがショウの故郷を襲い、私の父を殺した。なにか理由があるはずなのだ。なにかしらの理由が」
リアは腕を組んで考え始めた。
自分の父が殺された理由なんて、今まで何度も考えてきた。なぜ、父は殺されなければならなかったのだろうか、と。だが、何度考えても答えは見つからなかった。
奴の待つ『始まりの島』まで行って、直接聞くしか方法はないだろう。
「お姉ちゃんは、勇者の血を継いでるんだよね?」
「そうだ。ヴェアール家の始祖は二人の勇者の片割れである『大地の勇者』だ。とても素晴らしい魔法使いだったらしく、私を凌ぐ魔力を持っていたとされている。あの頃は魔力というモノがあまり人々に浸透しておらず、大地の力を借りて魔法を使っているとされていたので、『大地の勇者』として人々から呼ばれるようになったようだ」
姉よりも高い魔力ってすごい、とパティは思った。リアはまだ成人していないのでまだ魔力量が増える余地があるが、それでも魔力量は世界でもトップレベル――いや、世界中の魔法使いの中で頂点と言っても過言ではない。そのリアが自分を凌ぐほどというのだから、さすが勇者と呼ばれるだけのことはある。
「『始まりの島』まで行けば、クオシス=アレイはいるんだよね?」
「奴はそう言った。私たちは、それを信じて行くしかない」
『意志ある闇』が生まれ落ちた場所だから混沌の始まりの場所の意味を込めて、もしくは『意志ある闇』が封印されて世界平和が始まった場所の意味を込められた『始まりの島』。超巨大大陸フーゲン大陸の中心に存在するフレストと呼ばれる湖に浮かぶ島のことだ。
世界中の人々は畏敬の念を込めて【聖域】と呼ぶ。別名、『始まりの島』。
「そこでは、かつて歴史に残る聖戦が行われたとされる。二人の勇者とクオシス=アレイの戦いだ。命を賭けて戦い、二人の勇者は己の命と引き換えにクオシス=アレイを封印することに成功した。そう伝えられている」
彼らの旅、戦いは、すべて語り部たちが伝え残している。二人の勇者の旅に同行した記録者ヴェナカルタ=ジェンクスの子孫だとも言われている彼らが。
ヴェナカルタ=ジェンクスはずっと二人の勇者の旅路を記録し続けた。彼女がいなかったら、今頃は勇者の偉業は歴史の闇の中に消え、後世に残ることはなく、クオシス=アレイの存在も知られていなかったかもしれない。彼女が記録を残してくれたからこそ、リアは父を殺した存在の正体にいち早く気づくことができた。
語り部たちは、世界中を放浪して一か所に定住しない民族だ。その際はフードで顔を隠しており、その素顔を見たことがある者はいないとされている。
少なくともリアは見たことがないし、リアの周りにも見たことがある者はいない。
リアの住むヴェアールの領地にも彼らは何度も訪れ、そのたびに二人の勇者の偉業を集まった人々に聞かせた。リアもその集まりに混ざって、何度もヴェアールの始祖である『大地の勇者』の話を聞いた。
語り部たちは権力におもねらないことでも有名で、過去に権力者が彼らの知識を手に入れるために捕らえようとしたが、その時に返り討ちに遭い、彼らに手を出した愚か者としての国王から断罪されて、家は取り潰しとなった。
国の頂点である国王でさえ、彼らに手を出すことは許されていない。遥か昔の建国の際、初代国王となったヴェアール家の祖先がそう取り決めた。それが代々受け継がれてきたのだ。
だから、勇者の偉業を伝える民族はどこに国にも縛られず、どんな人物にも縛られない。縛ることすら許されない。だからこそ、彼らは自由に世界を渡り歩く。
「私たちがやろうとしていることは、二人の勇者のように褒められるようなことではない。過去の勇者は人々のために戦ったが、私たちは大切な人を殺された復讐心から戦いの道を選んだ。私は勇者の血を引くが彼のようにはなれないだろうな、きっと……」
そう言って、リアは小さく笑った。
『大地の勇者』の再来と言われたリアだが、クオシス=アレイと戦うのは人々のためではない。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
パティは力強く頷いた。
「戦う理由なんてなんでもいいんだよ。お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから、無理に『大地の勇者』と同じ道を辿らなくていい。お姉ちゃんは『大地の勇者』の再来かもしれないけど、その人じゃない。リア=ヴェアールという人間だよ」
パティの言葉に、リアは少し目を見開いて、それから義妹の頭に手を置いた。
「ありがとう、パティ……」




