再会4-6
「この街を出れば、次の街までは結構距離がある。だから、それなりの量の食料を買い込む必要がある」
リアはそう言って食堂を出た後は市場へと向かい、乾パンを売っている店を見つけ、店主に声をかける。
リアの見た目にギョッとした店主だが、すぐに上客だと悟ると途端に愛想良くなる。
リアはそんなことは我関せず、購入する乾パンの数を告げる。後ろで聞いていたショウは、その量に驚いた。次の街までそんなに遠いのか、と思った。
目の前で数えられながら乾パンが紙袋の中に入れられていき、最終的にはぱんぱんになる。
その袋が店主からリアへと差し出されたが、振り返った彼女はショウへ視線を送ってくる。その意味を理解したショウが前に出て乾パンの入った紙袋を受け取ると、両手にずしりとした負荷がかかった。一個一個は軽いが、大量になるとそれなりの重さになるようだ。
「お前もパティもよく食べるからな。だから、たくさん買う必要がある」
確かに、ショウは一回の食事が乾パン一個じゃ全然足りない。それだけで充分なリアが信じられないくらいだ。パティも食事の量に関しては、ショウと同じでよく食べるタイプらしい。
「乾パンだけじゃ味気ないな。干し肉も買っておこう」
リアが数軒隣りの干し肉を売っている店に行き、店主へ声をかけようとした瞬間、一人の男がリアにドンッとぶつかった。少し勢いがよかったため、リアが後ろへよろける。
「おっと、申し訳ありません」と男が謝って足早にその場を立ち去ろうとしたのだが、リアは目を細め、さっと男の腕を掴んだ。
「待て」
男はぎくりとした顔をして、「なんでしょうか、魔法使い様……」と言った。その声は若干震えている。
そんな男に向かって、リアは冷静に口を開く。
「今、私から財布をスッただろう。返してもらおうか」
「な、なんの話ですか?」
ぎくりとした男の目が一瞬だけ泳ぐ。リアはそれを見逃さなかった。
そして、リアの後ろにいたパティも男を睨みつける。
「ボクも見たよ。その人がお姉ちゃんの財布を盗ったところ」
「オレも見たぞ」
ショウも証言する。二人は特に動体視力がいいから、男の手の動きなど簡単に捉えることができただろう。
周囲の人たちは異様な雰囲気に気づき始めて足を止める者が現れ、この光景を遠巻きに見てはひそひそと話をしている。
「さぁ、返してもらおう」
リアはパティに杖を渡し、空いた手を差し出したのだが、男は懐に手を入れたまま出そうとはしない。
それを見て、男の腕を掴んだままリアはため息をつく。
「スリは処罰対象の犯罪であることは知っているな? 手慣れた感じだから、今までも何回もやってきたことは簡単に想像がつく。そして、運よく捕まらなかった。だが、私の財布を狙ったのが運の尽きだ。魔法使いの……それもヴェアール家の家紋が付いている私の財布を狙うなんてな」
男がリアの言葉に目を見開いた。明らかな動揺を見せる。
「ヴェ……ヴェアール?」
その声は震え、リアを見る目にはっきりとした恐怖が浮かぶ。その瞳を見据え、はっきりと宣言する。
「そうだ。私はヴェアールの人間だ」
有能な魔法使いを輩出することで有名な世界一の名門貴族ヴェアール家。その権力は絶大で、国王さえ時には頭が上がらないことは、世界中の誰もが知っていることだ。
遥か昔には世界の頂点に君臨していたが、ある日突然、その地位を降りてからは国王のサポート役として世界を支えてきた陰の支配者。
この世界でそんなヴェアールの名を知らない者は、生まれたばかりの赤ん坊くらいなものだ。誰もが憧れ、敬い、恐れる名前。
「それをわかった上で、まだ否認するか?」
「わ、わたしが貴女の財布をスッたという証拠はどこにもないじゃありませんか」
この期に及んで、苦しい言い訳をする。
リアは鋭く目を細め、パティに杖を渡した。そして、その手で懐に入っている男の手を掴み、ゆっくりと動かした。少しずつ露わになる男の手には、真っ赤な財布が握られていた。
その財布には、しっかりとヴェアールの家紋が刺しゅうされていた。
魔力を持つという大木『万年樹木』が十年に一度咲かせる真っ赤な花の後ろに、魔法使いの始祖と言われている『大地の勇者』が使っていた杖が二本交差する、この世界の誰もが知っているヴェアール家の家紋。
間違いなくリアの財布だ。
「一般市民がヴェアール家の家紋が入ったものを持ち歩けば、どういう処罰を受けるかは知っているよな?」
「……」
男の目がさらに泳ぐ。冷や汗がだらだらと流れているが見てとれた。
「このまま警羅が来るのを待つか? その財布を素直に私に返してくれると言うのなら、このまま見逃してやってもいいが……」
男の腕を掴む手に力を込める。
それを感じた男は慌てて、「も、申し訳ございませんでしたぁ!」と大声を張り上げ、リアに財布を押しつけ、とてつもないスピードで逃げて行った。人垣を思いっきりかき分けるため、押し倒された人たちが抗議の声を上げるがそんなこと関係なしに走り去っていく。
それを見送り、リアは短く嘆息して取り戻した財布を懐へ入れた。
事態が終わったことを知った人々は、流れに乗って歩き始める。数分で人垣はなくなった。
「店主。干し肉はどれくらいあるか?」
目の前でことの一部始終を見ていた店主はリアを呆然と見ていた後、ハッとした顔になり、「いらっしゃいませ」と言った。
「干し肉なら、まだたくさんあります」
その返答に、リアは希望する数を告げる。
「かしこまりました」
店主が慣れた手つきで紙袋に干し肉を入れていき、最後の一枚を入れたと同時に、「全部で三〇九メルスです」と言った。
リアは財布から金貨を三枚と銀貨を一枚出した。それを店主へ手渡し、銅貨一枚のおつりと一緒に、紙袋を手渡される。
干し肉の一つ一つは大した重さではないのだが、これも乾パンと同じでたくさん入っているとずっしりと重くなる。
「ショウ、頼む」
リアがショウへと紙袋を差し出し、ショウは「はいはい」と言って受け取った。
これで両手がずっしりと重い荷物でふさがった。
「一応、これで買い物は終わりだ」
リアが宿に向かって歩き出したので、それに続くパティの後を歩く。
「すっげぇ、魔法使いだ! 初めて見た!」
声がしたので見てみると、リアを指さす六、七歳ぐらいの男の子がいた。
リアを指さすなんて命知らずだな、と思ってショウはちらりとリアを見たが、リアは大して気にしていないような素振りだった。無視し、そのまま歩き続ける。
男の子の母親らしき女性が、「申し訳ありません!」と通り過ぎるリアの背中に頭を下げる。
その姿に、リアは声をかけないし視線も向けずに歩き去る。
魔法使いは世界的にも稀少な存在で、その地位は高い。特にヴェアール家の人間は。普通の人間なら、赤い髪を見るとヴェアールの言葉を思い浮かべる。この母親もそうだったのだろう。だから、必死に謝っているのだ。
ヴェアール家には王族と同じで、不敬罪で人を裁くことができる権限を持っている。ヴェアール家の人間の不興を買ってしまうと、首を刎ねられこともある。その恐怖が人々の中には存在する。
だが、リアは子供に指をさされるようなことには慣れっこらしく、無視したまま人混みの中を歩いて行く。パティはそのまま後をついて行く。ショウはリアの背中と少年を交互に見た後、慌てて後を追った。
追いついたショウが口を開こうとすると、その空気に気づいたのかリアが先に口を開く。
「慣れている。気にするだけ無駄だ」
ただ、それだけを言う。
ショウは自分がなにか言うべきではないと判断し、開きかけていた口を閉じた。




