セディル家のお家騒動の顛末について4-3
今、なにが?
呆然と、自分の両手を眺める。
特に身体になにかが変わったような気配すら感じず、なにをしたのかと思ってリアに視線を向けると、「これで人が避けていく」と言われた。
「人が避ける?」
意味がわからずに、おうむ返しのように訊ねてしまう。
それは一体、どういうことなのだろうか。
一瞬、脳裏に亜人を忌み嫌って嫌悪感を滲ませた表情を浮かべる人間に取り囲まれている自分の姿が思い浮かぶ。
しかし、リアが口にした説明は想像とは違うものだった。
「人の第六感に働きかける魔法で、お前を中心として人が避けるようになる。少し変わった魔法だが、効果は絶大だ。これで、お前は道ゆく人にぶつからずに済む」
だいろっかん、というのは初めて聞いた言葉なのでよくがわからないが、そんな便利な魔法があるのは初めて知った。
ーーへぇ……、そんな魔法もあるんだ……
なかなか便利だ。
この人混みの中で人とぶつからずにすむのであれば、かなり助かることではある。
再び手を繋いで歩き始めると、確かにかなり歩きやすくなった。すっとすれ違う人が道を開けるように避けてくれるのだ。しかも、避けているのにこちらに不愉快そうな視線を一切向けてこない。本当に、無意識に避けてくれているような感じだ。
ーーこれはすごい……
リアの魔法の効果を実感しながら、ショウはなんなく先へ進むことができる。
でも、リアは魔法は万能じゃないってよく言うから、この便利な魔法にもそれなりの副作用が存在しているのかもしれないと思った。なので、この魔法の恩恵を長く享受するのは難しいかもしれない。
今までの経験上、便利だと思った魔法には必ずと言っていいほどデメリットがあった。もしかしたら、これもそのうちの一つかもしれない。
でも、リアもそれはわかっているだろうから、ちょうどいいところで魔法を解いてくれるだろう。
そう思って手を繋いだまま、少しだけ縦に並んで人混みの中を歩いていると、リアは一つの露店の前で立ち止まった。
そこは目指していた乾パンを売っている店だった。この店の位置をほぼわかっていて、まっすぐ来たらしい。
店の前に立った三人組に、店主が愛想のいい笑顔を浮かべて「いらっしゃいませ」と言った。
かなりガタイのいい店主で、鍛えられた筋肉が服の袖から見える。露店の経営以外に、力仕事をしているのかもしれない。
リアの隣に並び、店を眺める。
店に並んでいるのはいつもの見慣れた乾パンなのだが、なんだかいつもと様子が違うように見えた。
その違和感がわからず、少しだけ首を傾げる。
ーーなんだろう……?
見慣れた乾パンのお店なのに、ほかの街の店とはなにかが違う気がする。
「……?」
なんで違和感を覚えるんだろうと思って店を眺めていると、見慣れた乾パンが並んでいるのはいつもの光景なのだが、なんだかカラフルな印象を受けた。
それで、やっと違和感の正体がわかった。
いつもの色の乾パンのほかに、五種類の違う色をした乾パンが置いてあったのだ。
置かれている乾パンの山の下に、木のプレートに焼印の文字で『オレンジ味』『小豆味』『紅茶味』『チーズ味』『ベリー味』と書いてあった。
味?
味とは、自分が知っているもので間違いはないのだろうか。
「味がついてる……?」
思わず呟いてしまうと、トングをカチカチと鳴らした店主が「おや、お客様。この街は初めてですかい?」と声をかけてきた。
ハッと顔を上げたショウは、店主と目を合わせてこくりと頷く。
「あ、はい」
反射的に答えると、店主は得意満面な顔つきになって、「この街で売っている乾パンには、通常の加工方法のほかに独自の改良が施されておりまして、ほかの街にはない味がついた乾パンを販売しているんです。ほかの街では見かけない特徴だと思いますよ」と言ってきた。
確かにそうだ。ほかの街で、乾パンに味をつけているところなんてなかった。
いつも食べている乾パンに味がついている。それだけで、ちょっとワクワクしてしまった。正直、ずっと同じ味で飽きてきた感はある。リアにジャムを買ってほしい、とお願いしようか考えていたところなので、これはありがたい。
リアがちらりと視線を向けてきた。
「食べたい味があるなら言ってくれ。ないのであれば、適当に買うぞ」
そう言われて、高く積まれている乾パンを眺める。正直、どれも食べてみたい味だ。
悩みに悩んでいると答えを待ちきれなかったのか、リアが店主に向き直り、「全種類二十個ずつ頼む」と言った。
「あいよ!」
かちん、と金属製のトングを鳴らして元気よく返事をした店主は、手慣れた様子で紙袋に乾パンを詰めていく。
しばらくその様子を眺めていたのだが、乾パンの色に合わせた紙袋に入れていることに気づき、わかりやすいようにしてくれていることに感謝した。
六種類を二十個ずつは、一個一個は軽くても数が多くなるとそれなりに重さを感じる。




