セディル家のお家騒動の顛末について3-1
3.
「見失った……?」
少し驚いたような声を責めていると感じたのか、目の前にいた黒装束の男性がびくりと肩を震わせた。
「も、もうしわけございません!」
そのまま膝を折って、最大級の謝罪をしようとした男性を主人は引き留めた。
「いいよ、いいよ。そんなことしなくていいから」
自分の謝罪を『そんなこと』と言われた男性は、直立不動になって背筋をピンと伸ばす。
「はっ」
謝罪はしなくてもいいが、許されたわけではないとは理解している。これから挽回していかねば、影として首を切られる可能性だってある。
この主人は表面上は穏やかそうな人に見えるのだが、その裏で失敗を繰り返して役に立たない者は簡単に切り捨てることができる人なのだ。そうやって首を切られて職を失った影を何人と見てきた。
なので、今回の自分の失敗は大きな痛手となったはずだと男性は思った。だからこそ、これ以上の失敗は許されない。
視線を向けられて緊張している男性を見つめていた主人は、執務机に頬杖をついて反対の手でコツコツと机を指先で叩いた。その音が、異様に大きく聞こえて、緊張感が増す。男性は背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
「実際、見失うのは想定内だしね」
なんだか楽しそうな笑みを浮かべた青年は、「そっかぁ。撒いたかぁ。さすだだなぁ」と呟いた。本当に想定内だったらしく、慌てた様子は微塵も感じられない。
しかし、その頭の中では次の手を考えているのは容易に想像することができた。この人がお気に入りの子が近くにいるのをわかっていて、絶対に逃すわけがないのだ。
その様子を近くから窺っていた赤髪の使用人は、「それで、これからはどうするおつもりですか?」と訊ねる。
声をかけられたことによって使用人へと視線を向けた青年は、「放っておくことにするよ」とあっけらかんとした様子で言った。
予想外の言葉に、使用人が小さく目を見開く。
「放置、ということですか?」
信じられないと言った様子で問いかける。
その問いかけに、主人は背もたれに深く寄りかかった。
「うん。この街を通るのは間違いないからね。見失った場所的に、今日中にはこの街に着くんじゃないかな? それでまっすぐに通り過ぎようとすると思う。そこを捕まえようかなぁと思うんだよね」
主人の脳内では、すでに道筋が出来上がっているらしい。
脳裏に主人のお気に入りの姿を思い浮かべながら、あの方は逃げられないだろうなぁ、と思っていると、主人が「とりあえず」と言って両手を叩いた。
「今日中にはこの街に入ってくるだろうから、街中を何人かで見張っててくれる? まぁ、あっちも簡単には見つかりたくないだろうから、なにかしらの手を打ってから入ってはくると思うけど」
その言葉に、ずっと黙って待機していた影の男性が答える。
「畏まりました!」
「待機中の影の中から、君の采配で何人か選んでね」
「はっ」
これは責任重大である。次も失敗するようなことがあれば、自分が選んだ影たちも責任を取らなければならなくなる。
この家に仕える影は優秀な者が多いのだが、この主人はその者たちを簡単に切り捨てることができる人だから、みんなが一度も失敗も許されない緊張感の中で任務をこなしている。
くるり、と座っている椅子を回転させた主人は、背後にある少しだけ開けたカーテンの隙間から見える街並みを見下ろして、ふふふ、と笑った。
「それにしても、男連れかぁ。僕という者がいながら、男を連れて旅をしているなんていけない子だなぁ。これはお仕置きが必要だよね?」
笑っているはずなのに、その横顔になにやら不穏なものを感じてしまう。これから捕まってしまうであろうあの方を不憫に思いながらも、使用人の青年は黙って部屋の中に控える。青年はこの主人に仕えている魔法使いでなので、この人の意向に従うしかない。
そして、再びくるりと椅子を回転させてこちらを向いた主人は、顔に笑顔を貼り付けたまま口を開く。
「じゃ、よろしく。もしも見つかったら、すぐに報告に来るように」
「はっ」
返事をした黒装束の男は、瞬時にその場から姿を消した。命令通り、すぐに同行者の選定を行なって街中に出るのだろう。
見送った主人は、お気に入りの子に会えるのが楽しみでたまらないらしい。
機嫌良く鼻歌を口ずさんでいる。それは、お気に入りの子と初めて会った舞踏会で流れていた曲なのだと言っていた曲だった。その話と一緒に何度もその曲を聞いたので、耳に残っていてすぐにわかった。




