セディル家のお家騒動の顛末について2-3
****
夜が明ける前、三人は洞穴の中で起き出した。周りはまだ真っ暗で、外を見るとなにも見えないくらいだった。静まり返っている森の中は、恐ろしささえ感じるほどだ。
出発する支度を終えたリアが、パティに影の気配を探らせたところ、「なにもいない」との返答だった。
念の為にリアも探査の魔法を使ったが、どうやら周辺に人の気配はないらしい。
安心した様子のリアが、まずはパティに認識阻害の魔法をかけ、次にショウ、最後に自分にかけた。
リアの説明では、認識阻害も身体に直接作用させる魔法ではないようで、魔法耐性があるショウやリアにもかけることができるらしい。
「三時間だけだ。夜が明けたら、魔法を解く。それまでになるべくここから離れるぞ」
ここら辺で見失ったので、影は必ずここに戻ってくるとリアは考えているらしい。今は気配を感じないが、明るくなったら探しにくると思っているようだ。それまでにここからなるべく遠くへ離れるつもりだと言った。
そして、そのまま結界魔法を解いた洞窟を出て夜の闇に紛れながら移動する。
しばらくは森の中を歩き、少ししてから街道に出た。その時にリアがパティに気配を探らせたが、監視している気配はないようだ。
ーーうまく逃げられたのかな……?
ショウはそう思いながらリアに続く。認識阻害の魔法はショウやリアには通用しないらしく、ショウの目にはリアの姿もパティの姿も普通に視認することができた。そして、パティは姿が見えにくくなっているものの、気配で二人の居場所を感じ取っているらしい。
会話も最低限で黙々と足を進め、そのうち進行方向に対して右側になる山脈の稜線が白み始めた。どうやら夜が明けようとしているらしい。
認識阻害の魔法を使い始めて二時間くらいは経っている気がする。リアの言うとおり、あと一時間くらいでどれくらい先へ進めるだろうか。
辺りが少しずつ明るくなってくると、旅人や行商人の姿がちらほらと見えるようになった。全員がこちらに視線を向けてこないので、認識阻害の魔法はしっかりと効果を発揮しているようだ。
ショウの感覚的には、三時間でかなりの距離を進むことができたと思った。それはリアも同じようで、完全に夜が明けた頃にふと足を止めた。
「パティ」
短く義妹の名前を呼び、「いない」と返事があった。
その後、リアも探査の魔法を使って、追跡している影がいないことを確認したようだ。
「認識阻害の魔法を解くぞ」
そう言って、街道の脇にある茂みに入る。
魔法を解いてから街道に戻ると、行き交う人の数は増えているのに誰一人としてリアに注目する人はいなかった。
ーー本当にリアが違う色で見えてるんだ……
やっと実感した。自分の目で見ているリアはいつもと変わらないので、全然幻影魔法の効果を実感できていなかったのだが、道ゆく人がこちらに一切視線を向けないことで、やっとパティの言葉を信じることができた。
それと同時に、やっぱりリアの赤い髪って目立つんだな、と思ってしまった。
たまに探査の魔法を使ったりパティに気配を探らせたりしながら進み、また夜を迎えた。
今度は街道脇で野宿することにしたらしい。火を熾して乾パンを炙ったりしながら過ごしていると、突然パティが「四人」と言った。
「影じゃない」
「オレも普通に気配を感じるよ」
「じゃあ、影の可能性は低いな。パティ、先手を取れるか?」
「大丈夫」
乾パンの残りを一気に口に放り込んだパティが、腰の革ベルトからトンファーを抜きながら立ち上がる。
近くの茂みががさりと動いた瞬間、自分に向けて振り下ろされた白刃を小さく後ろに跳んで躱してから、一瞬で相手の懐に入り込む。
遠慮のない拳が振り上げられ、それは相手の顎を捉えるはずだった。
「ーーッ」
パティの拳をギリギリのところで躱した男は、すぐに体勢を立て直して手にしていた剣を横に薙ぐ。
それを高く跳んで避けると、空中で身体を回転させて蹴りを繰り出す。パティは体重は軽いが一撃はかなり重い。それを腕で受け止めた男だが、想像よりも重い蹴りだったようで奥歯を噛み締めて耐えているのがよくわかった。
それからも何度も攻撃を繰り返す男だが、パティはそれらすべてを見切って躱し続ける。
「こいつ……っ、ちょこまかと!」
すべての攻撃を避けられ、そう言いながら激怒している男性に、仲間と思しき男が「なにやってんだよ、そんな子供相手に!」と叫んで、もう一人の男がパティの元へ向かう。一番小さいパティならすぐに終わると思っているのだろう。
そっちは手加減ができないからやめておいた方がいいんじゃないかな、と思ったショウだが、そんなことは口に出さずに、パティに向かっていった男の背中を見送る。
くるり、とトンファーを回転させたパティは、剣を振り上げて向かってきた男の懐に躊躇いもなく飛び込み、ガラ空きの腹部を思いっきり殴りつけた。




