セディル家のお家騒動の顛末について1-2
いいことを思いついたかのように両手を合わせた主人の笑顔に、嫌な予感がしないでもない。笑顔の下でなにを企んでいることやら。
これから巻き込まれるであろう、お気に入りのあの子に同情を禁じ得ない。
「逆に、あの子がこちら側の人間だって向こうに思い知らせることができれば、形勢はこっちに傾くんじゃない?」
「まぁ……、強い力を持つお名前ですからね」
なにも知らずに巻き込まれることは決定事項であるらしい。可哀想な人だ。
「あの名前がこちら側にあると知らしめることができれば、こっちが有利になると思うんだよねぇ」
腕を組み、うんうんと頷いている主人を見て、魔法使いの青年は、相変わらずな人だ、と思った。
主人は物腰はにこやかであるものの、目的のためならば利用できるものはなんでも利用し、切り捨てるべきはばっさりと切り捨てる人なのだ。冷酷であるとかそういうのではなく、目的と手段がはっきりしているタイプの人間だということ。
義理人情に厚いタイプであるあの人からしたら、こういうタイプの人間は苦手意識を持って当然だろう。実際に、何度か会っているところを見たことがあるが、好意を持っている気配はまったく感じられない。
しかし、残念ながら主人はそれがわかった上で、相手に絡みまくってさらに嫌われている状況だ。相手も立場的に強く出られないことをよくわかっているのだろう。意地悪な人だ。
「あの名前、欲しいなぁ……。向こう側が接触する前に、こちら側に取り込みたいよねぇ。進路的にこの街を通るのは確実だし、街に入ったらすぐに迎えに行くから連絡くれる?」
「……かしこまりました」
その場で、主人に使える影たちに魔法を使って伝令を飛ばす。あまりにもわかりやすく監視してしまうと、あの人はすぐに気づいて隠れてしまうだろうから、慎重にことを運ばなければならない。
それに報告によれば、かなり気配に敏感な二人組と一緒らしいし、余計に気をつけなくては見失ってしまうだろう。
向こうは全力で隠れるだろうから、こちらは全力で監視しなければならない。
「あの方はこの家の状況はご存知なのでしょうか?」
それで話はかなり違ってくるはずだ。
青年の問いかけに、主人はきょとんとした表情になる。しかし、すぐににっこりと笑った。
「え? 知ってるんじゃない? 知らないってことはないと思うけど」
「だったら、自分が利用されるかもしれないというのは承知ではないでしょうか?」
主人は青年の言葉が面白かったのか、はははっと笑った。
「だからこそ、僕に気づかれないうちに街を抜けようとするんじゃないかって思うんだよね。とっくにこっちは存在には気づいているし、あの子も気づかれているのは百も承知だと思うけど。ほら、あの子はかなり目立つから」
脳裏に、主人のお気に入りの姿が浮かぶ。表情は、主人に会う時にいつも見せている渋い顔だ。
「……まぁ、目立つ外見をされている方ですからね」
あの外見は、この世界では唯一無二と言ってもいいくらいのものだと思う。あの人と同じくらいの外見をしている人間は、この大陸中を探しても見つけられないかもしれない。
青年の返答に、主人が目を輝かせた。
「でしょう! あの髪色、僕のお気に入りの一つなんだ! 綺麗だよね!」
しかし、すぐに表情を曇らせる。
「でも、なかなか触らせてくれないんだよなぁ。綺麗なものを触りたくなるのは、人間として当たり前の欲求だと思うんだけどね」
「人前でそういう発言は控えていただけると」
「君の前でしか言わないよ。今は、僕のどんな発言や行動が向こう側を有利な状況にしかねないかわからないからね。ことは慎重に運ばなきゃ」
ほんとうに、と主人は言葉を切る。
「父上も厄介な問題を残してくれたもんだよ。どうせ死ぬなら、この問題を解決してからにしてほしかったよ。おかげで本当に面倒なことになってるからさ。責任とってほしいよ」
薄暗い部屋の中で、執務机に乗っている写真立てを主人は見つめた。そこには、主人の父親が写っている写真が飾られている。
両親と幼い兄弟四人が揃って撮った、唯一の写真だと主人はいつの日か口にしていた。家族揃って撮った写真はこれだけしかないのだと。だからこそ、今でも大事に机の上に飾っている。
「なにがどうしてこうなったのか……」
急逝した父親は、一番大事な問題を解決してくれいなかった。
だからこそ、こんな状況になっているのだと恨めしく思っているのだろう。父親が解決していてくれていたら、家族で仲良く過ごす未来があったかもしれないのに。そう思うと、父親を恨まずにはいられないのかもしれない。
「でも、目的のためには使えるものは使わなきゃ。僕はこの街が大好きだからね。この街を守るためだったら、なんでもするつもりでいるよ。そのために、あの子にも協力してもらわなきゃ」
「嫌そうな顔はしそうですけどね」
「しそうしそう! あの子、取り繕っているように見せて顔に結構表情が出るもんね。僕と会った時も、すんごい嫌そうな顔をするのが目に浮かぶよ」
なにが楽しいのかカラカラと笑う主人を見ながら、青年は「では、そろそろお時間です」と告げた。
それを聞いて、主人の表情がキリッとしたものになる。完全に外面モードだ。仕えたばかりの頃は、その切り替えの速さに驚いたものの、今では慣れてしまってなにも感じなくなってしまった。
「では、行こうか」
結界魔法を解くと、主人はドアを開けて外に出ていく。それを後ろから追う青年は、この人がこの家に残れないことを残念に思った。
この人には才能があると思う。この人がこの街を治めれば、さらなる発展は約束されていると思っているのだが、残念ながらこの人は結婚と同時にこの街を出なければならない身の上の人だ。
ーーその時は私も付いていきましょう……
地獄から救い出してくれたこの人にどこまでも付いていこう。
暗闇の中で手を伸ばしてくれたあの日に、青年はそう誓ったのだ。
そのためにこの力を持って生まれたのだと信じている。
青年は薄暗い部屋から明るい場所へと颯爽と歩く主人の背中を追いかけた。




