信頼と裏切りの戦場16−2
衝突が始まってから、どれくらいの時間が経ったのか。ショウは時間の感覚を失ったのを自覚した。
衝突が始まった時には朝焼けに燃えていた空にあった太陽は、今では高い位置にきていた。位置的に、まだ正午すら迎えていないかもしれない。
日が沈むまでには、まだまだ時間がかかるだろう。空は眩いほどの快晴で、雲ひとつない。
だが、たった数時間しか経っていないはずなのに、最前線は見るに耐えないほどの状況となっていた。
サウス=リアクター軍の先陣を切ったのは突撃部隊だった。突撃部隊はそのために存在しているのだから、一番最初に敵軍とぶつかり合った。その中でも最初に敵兵に斬りかかったのは隊長であるショウだ。
一つに束ねた黒銀の長い髪を翻し、次々と敵を斬り倒していく姿を見て、敵兵の誰かが「死神だ……」と呟いた。
それはレンゼムが口にしていたのと同じで、ショウはその名前で自分の存在が敵兵に知られているのだと理解した。
だったら、自分が派手に立ち回って敵兵の目を集め、一人でも部下が犠牲になるのを防がなくてはならない。
足元には誰のものかわからない血溜まりがある。数時間でこの状況であるならば、戦いが長引けば長引くほど、この場所は悲惨なことになるのは簡単に予想がついた。
ーーそれでもオレは……
この場所で、里の仲間たちの次に大事な者たちを見つけてしまったから。
最初は里を守るために振るっていた剣は、今では違う理由で振るうようになった。
亜人である自分を受け入れてくれた人たちを守るために。
ショウはこの長剣で敵を斬る。
目の前にいた兵士を斬ると、背後から迫ってくるなにかを感じてその場から高く跳んだ。その直後、先ほどまでいた場所を二本の矢が通過した。背後から弓兵が狙っていたようだ。
背後に弓兵の存在を確信すると、着地してすぐに身体を反転させたショウは、次は彼らに狙いを定める。少し離れた場所にいた彼らに向かって全速力で駆け、一気に距離を詰める。
その間に次の矢を弓につがえようとしていた彼らだったが、それよりも早くショウが距離を迫ったために間に合わなかったようだ。
まずは弓を断ち切る。これで、彼らの武器は使えなくなった。
弓だった残骸を投げ捨てた二人は、腰に下げていた剣を手にする。その手が僅かに震えているのを見逃さなかった。弓は使い慣れていても、剣はほとんど使ったことがないのだろう。
そしてショウがたくさんの仲間を殺した『黒銀の死神』と呼ばれる存在だと知っていて、それでも勇気を振り絞って大声をあげて切りかかってきた。
大きく振り下ろされた太刀筋は、かなりわかりやすくて避けるのは簡単だった。半身を翻して躱すと、バランスを崩した兵士はタタラを踏み、その腹部に向けて思いっきり蹴りを入れる。くぐもった声をあげた彼はその場に倒れ、何度も咳き込んだ。それを見下ろしたショウは、表情を変えることなくその背中に長剣を突き立てる。一瞬だけくぐもった声がして、すぐに静かになる。
その様子を見ていたもう一人の兵士の剣を持つ手がガタガタと大きく震え始め、ショウを恐怖が浮かぶ目で見つめていた。これから自分が辿る未来が見えてしまったのかもしれない。
ショウが力を失った身体から長剣を引き抜いて一歩を踏み出すと、相手が一歩下がる。
ーー戦場で後ろに下がるのは、負けを認めたも同然だ……
ショウは心の中でそう思った。
戦場で負けを認めるということは、死ぬことと同義。だから、ここで生き残りたければ絶対に負けを認めてはならない。
ショウが短く息を吐いて一気に間合いを詰めて懐に飛び込む。間髪入れずに長剣を振り上げると、それは狙い通りに反応しきれなかった兵士の剣の取手にぶつかって、高く打ち上がった。それを驚いた瞳で追った彼は、丸腰になってしまった自分に気づいて、声をあげながら背中を向けて逃げ出す。
全速力で逃げる彼は、ショウが追ってこないのを肩越しに確認して少しだけホッとしたような表情を見せる。しかし、その安堵は長くは続かなかった。遠ざかるその背中に、先ほど空高く飛んでいった剣が突き刺さった。
その場に倒れ込んだ男の姿を確認してから、長剣についた血糊を払う。いくら長剣の切れ味が良くても、何度も人間を切れば切れ味が鈍る。刀身についた血を払えば少しは切れ味が回復するので、戦場にいる時は何度もこの動作を行なっていた。
周辺にはたくさんの死体が転がっていて、まさにここが最前線であることがよくわかる。
その時、大きな空気のうねるを感じた気がして振り返ると、そこには大きな炎の塊があった。それはまっすぐに最前線に向かってきている。自国の兵士を巻き添えになることを承知で、サウス=リアクター軍を攻撃するつもりでいるらしい。
ノース=カイマートは、勝利するためであれば自国の兵士が犠牲になることを良しとしているようだ。
そんなものを見ても、ショウはなんの不安も抱かなかった。
ーーそんなの許されるわけないだろ……
迫り来る炎の塊を見つめて、ショウは思った。
そんなの、あの子が許すはずがない。
あの子は絶対に、そんなことは許さないはずだ。
脳裏に、鮮烈な赤い色が過ぎる。
ーーだから、大丈夫だ……




