信頼と裏切りの戦場16−1
16.
ーー戦争が始まった。
いつまで経っても、サウス=リアクター軍に潜入した兵士からの合図が来ないことによって、ノース=カイマート軍の上層部は作戦が失敗したことを悟ったらしい。
敵軍に忍び込んだ副官から、向こうでは緊急会議が開かれているとの報告があった。
元暗部である副官は、敵軍に忍び込んで情報を盗むことも将軍の指示の元よくしているらしく、今回も将軍からの指示で敵軍に向かったらしい。
敵軍に潜入する指示を受けた際、副官の表情はまったく変わらなかった。ただ、淡々と返事を返しただけだ。
その姿に、ショウは副官が暗部の出身であることを納得してしまった。暗部にいた頃の彼には、このような仕事は当たり前だったのだろう。
将軍が副官のことを「重宝している」と言っていたのは、こういう仕事を得意としているからなのかもしれない。
敵軍に潜入するために副官が本営を出てから、丸一日。
将軍とリアとショウは会議室の中で、副官の帰りを待ち続けていた。ショウとしては副官になにかあったら大変だと思っていたのだが、ほかの二人はそのような心配はしていないらしい。普通に二人でいろんな場合を想定しての作戦会議を始めてしまっている。
そんなリアの横顔をちらりと見たショウは、彼女のために口を閉ざしたことを後ろめたく思ってしまっていた。
レンゼムの死後に発覚した様々なことを、ショウは将軍と副官と話し合って、リアには伝えないことにした。業務上、このことを知ってしまった兵士には厳しい箝口令を敷き、リアの耳には絶対に入らないように徹底した。
だから、リアは知らない。今でも、レンゼムは自分を憎んでいると思っているだろう。その誤解を解こうとしたら、レンゼムの秘密を話さなくてはならない。そうすれば、リアはすぐにでも動き出すだろう。
そしたら、開戦待ったなしだ。
戦況が緊迫している今の状況で、リアに不安を与えるような材料は与えたくないということで意見が一致した。
将軍はそのことをどう思っているのか。そう思って視線を向けると、こちらを見ていたらしい将軍と目が合った。その力強い目が訴えている内容がわかってしまって、ショウは小さく頷いて目を逸らした。
ーー『黙っていろ』
将軍の瞳はそう語っていた。
リアのことを大事に思うなら、口を閉ざせ。
そういうことなのだろう。
そのまま夜が来て、ショウがリアの部屋で不寝番をしてから迎えた朝。
部屋で朝食を食べていたリアの元へ、いつもどおりの副官が姿を現した。
将軍がお呼びです、と言った彼は、敵軍に潜入する前と後でなにも変わった様子はなかった。あまりにもあっけらかんとした様子に、ショウの方が拍子抜けしてしまったほどだ。
そのまま会議室に向かい、無事に戻ってきた副官からの報告を聞いて、将軍は「このまま勝ち目がないと引いてくれればいいのだが……」と呟いた。
サウス=リアクター軍の総意としてこのまま引いてもらいたいと思っていたのだが、その期待を裏切るようにノース=カイマートは開戦へと踏み切った。
緊張感が続く睨み合いが数日続いたのち、ノース=カイマート軍から鬨の声が上がる。敵軍が動き出したことを察知したサウス=リアクター軍も動き出し、両軍はフレストにて全面衝突することになった。
開戦の先陣を切るのは、ショウが隊長を務める突撃部隊である。ショウは隊を束ねる指揮官として、最前線へ赴くことに決めた。部下だけを前線に送って、自分は後方で指揮を取るなんてことはできなかったからだ。
本営を離れる時に、リアに対して「行ってくるね」とだけ告げた。その言葉に、リアは「ああ」と短く答えただけだった。それが、二人が交わした最後の言葉で、二人が顔を合わせた最後だった。
今度の戦争は、ヴェスラ草原の時よりも大規模になることが予想されている。なので、最前線も熾烈を極めるだろう。亜人であるショウですら、生き残れるかはっきりと断言できないくらいだ。それくらいに厳しい戦いになると言われている。
それでもショウはリアに対して不安にさせるようなことは言わなかったし、リアもショウに対して心配するようなことは言わなかった。
最前線へ赴くショウの後ろ姿を、リアは黙って見つめていた。
「……お前の背中は任せろ」
リアがそう呟いたのを、ショウは知らない。




