信頼と裏切りの戦場15−5
レンゼムの話でリアは強いショックを受けるのではないかと懸念していたのだが、彼女も彼の弟の方も驚きはしていたものの、それで自分を責めてくる様子はない。それどころか、許してもくれた。
戦場ではなにが起こっても不思議ではないのだと。あそこは、勝つためであればなにをしても許される、そんな独特の空気が流れている場所だった。レンゼムのそれに利用された数多の人間の一人で、そのレンゼムに利用されたのはリアだ。そして、リアとショウは利害が一致して互いに利用し合って、行動を共にしていた。
リアと顔を突き合わせて話をしていたローゼムが、「わかりました」と顔を上げてショウの方を見てきた。
「薬を作る前に、新しいお茶を用意しましょう。少しお待ちください」
そう言って席を立って、建物の中に入っていく。
その姿を見送ったリアはこちらに視線を向けてきて、「お前……、レンゼムのこと、ずっと黙っていたんだな」と言ってきた。
その言葉にびくっと肩を震わせたショウだが、リアは怒っている様子はなかった。逆に、少しだけ呆れているような、そんな雰囲気が伝わってくる。
「……ごめん」
「謝る必要はないぞ。お前が私のためを思って口を閉ざしたことを、私は理解したつもりだからな。だから、これから先もそのことでお前を責めるつもりはない」
いつかは話さなくてはならないと思っていたが、タイミングをずっと失っていた。戦争が終わったら話そうと考えてはいたが、その頃にはショウは戦場の最前線にいたし、リアは後方で魔法を振るっていて関わることがなかった。
戦争が終わったら、そのまま疎遠になってしまい、完全に話すタイミングがなくなって今になってしまった。しかも、終戦から二年の間にショウはレンゼムのことを忘れてしまい、リアと再会してからも思い出すことはなかった。この街でローゼムに出会わなかったら、そのまま忘れていたかもしれない。
「正直、レンゼムが死んだ直後のリアは冷静じゃなかったと思ってたから。知ってしまったら、無理を通してローゼムを探し出してサウス=リアクターに連れてくるんじゃないかなって思って」
「……確かに、お前の言うとおりかもしれん」
あの時のリアは、身近な人物が亡くなるという経験は母親しかなかった。しかし、それも記憶が朧げなまだ幼い時に。
信頼していた人物が自分を裏切り、その人が目の前で斬られて死ぬという光景を目の当たりにしたリアは、今思い返せば冷静ではなかったことだろう。いくらこういう場合は取り乱さないように教育されていても、まだ幼いリアには衝撃が強すぎた。
冷静に、と頭ではわかっていても、周りから見てもわかるくらいに取り乱しているように見えたはずだ。
ショウや将軍、副官もそれがわかっていて、レンゼムのことについて口を閉ざすことにした。
ーー私も情けないな……
余計な心配をかけさせてしまった。
ショウの言うとおり、当時のリアがレンゼムの置かれていた状況を知ったら、なにがなんでもローゼムを探し出したかもしれない。それがノース=カイマートに開戦の大義名分を与えるきっかけになったかもしれないのだ。
結局、両国はフレストで衝突したが、サウス=リアクターとしては敵国に開戦のきっかけを与えるわけにはいかなかった。
当時のサウス=リアクターは領土を侵攻してくる敵国から自国を守る名目で軍を動かしており、民もそれで納得してくれていた。それが自国の貴族が敵国の領土を私的な理由で侵した上での戦争となると、兵士や民の反感を買う可能性もあった。
軍を束ねる将軍としては、それは絶対に避けなくてはならなかっただろう。
国内で貴族や王族への不信感で国民が反乱を起こせば、間違いなくノース=カイマートはそこを攻めてきて、サウス=リアクターは今頃存在していなかったかもしれない。
国とリアを守るために、三人は口を閉ざしたのだ。
リアはそれを知らず、ショウとギクシャクして戦場で別の道を歩むことになって、二人は道を違えた。
クオシス=アレイのことがなければ、きっとリアはショウのことを誤解したままだったかもしれない。
「けど、結局はそのことすらも忘れて幸せになろうとしたんだから、罰が当たったのかもしれないな」
ショウが自虐するようにぽつりとこぼした言葉に、リアは「それは違うぞ」と言ってきた。
視線を向けると、リアは赤い瞳でまっすぐにこちらを見つめていた。
「レンゼムはそんなことでお前を恨んだりはしない。自分の望みを最高の形で叶えてくれたお前の幸せを、あいつはなによりも喜んでいたはずだ。だからこそ、あいつもお前の幸せが奪われたことをなによりも怒っているはずだと私は思う」
「……そう、なのかな」
レンゼムも幸せになろうとしたショウを祝福してくれていたのだろうか。脳裏に満面の笑みを浮かべるレンゼムの顔が浮かんだ。
「そう、だな……」
彼が生きていて、最愛の人と結婚したことを報告したら、誰よりも喜んでくれたかもしれない。
レンゼムという男は、そういう男だった気がする。
「……だから、きっと私たちの今の状況を、あいつは誰よりも怒っているはずだ」
クオシス=アレイを討つ。
その目的のもとに、リアたちは行動を共にしている。
「あいつが私を憎んでいなかったのであれば、今の私にはそれだけで充分だ」
信頼していた人間から憎まれていたと思い続けていたリアは、そうではないと知ることができてホッとしたようだ。
表情にも安堵が広がっている。
「お待たせいたしました」
新しいお茶を持って戻ってきたローゼムは、それぞれの前にカップを置いて、「では、薬を作ってくるので待っていてください」と言って、また建物の中に引っ込んでいった。
その後ろ姿を見送り、リアが空を見上げたのを見てショウも顔を上げる。
そこには青空が広がっていて、ゆっくりと真っ白な雲が流れている。たまに吹く風が頬を撫でてきて、それがとても心地よかった。
リアとショウの話を聞いても前を向いて歩いて行こうとするローゼムの姿を、レンゼムはどこからか見ているかもしれない。彼のことだから、満面の笑みを浮かべて。
ショウはそう思った。




