信頼と裏切りの戦場15−1
15.
「ーーお前にはなんの責任もない。だから、自分を責めないでくれ」
ショウが告げた言葉に、ローゼムが大きく目を見開いた。
驚いた様子を見せる彼を、ショウはまっすぐに見据える。
「これがレンゼムが告げた最期の言葉です。もしも、あなたに出会ったならば自分の代わりに伝えて欲しいと」
「……それは、兄が言いそうな言葉ですね」
それを聞いて、ショウもそう思った。あのレンゼムであれば、言うであろう言葉だ。だからこそ、ローゼムはショウの言葉をすぐに信じることができたのだろう。
これが、兄が遺した最期の言葉なのだと。
「リアを襲った時に口にしていたのは、レンゼムの本心じゃないとオレは思ってる。言わざるを得なかっただけで、レンゼムはリアを憎んではいなかったんじゃないかって」
「では……、レンゼムは私がサウス=リアクターの貴族だから憎く思っていたわけではないと?」
リアの問いかけに、ショウはこくりと頷く。
「たぶん、最初は憎く思っていたんじゃないかな。だけど、リアがあまりにも自分が知っている貴族とかけ離れているから、その憎しみを向ける相手ではないと思い直したと思う。リアって、貴族の娘にしては考え方が変わってるからーーいてっ!」
足に強い痛みを感じて、ショウが思わず声を上げる。
見てみると、隣に座っているリアが思いっきりショウのつま先を踏みつけていた。
「……私が変わっているだと?」
どうやら、その部分がリアの反感を買ったらしい。
こちらに向けてくる笑顔に薄寒いなにかを感じて、思わず引き攣った笑いを浮かべてしまう。こんなリアは久々に見たような気がする。
どう誤魔化そうかと頭をフル回転させていると、リアの向こう側にいるパティがおもむろにこちらに顔を向けて、「でも、事実だよ」と言葉を発した。
この場で初めて口を開いたパティに、ギョッとほか三人の視線が向けられる。そんな目を向けられても平然とした様子のパティは、もう一度「事実だよ」と念押しのように言った。
そっとショウの足の上からリアの足が離れ、ゆっくりと彼女の顔がショウへと向けられる。その顔は少し驚いているような表情だった。あまり見ることがない表情に、ショウの視線はパティとリアを交互に移動する。
「……私、変わってるのか?」
確認するように訊ねてきたリアに、ショウは言葉に悩んでしまう。素直に認めていいのか、それともなにかしらのフォローをした方がいいのか。しかし、誤魔化しても意味はないと考えて、こくりと頷く。
ショウが頷いたことで、リアは少なからずの衝撃を受けたようだ。ヴェアール家自体がほかの貴族とは違うという自覚はあったようだが、自分はそんなに変わり者ではないと思っていたらしい。なので、あまり自覚がなかったようだ。
「リア様はその……貴族の方らしくはありませんよね」
ローゼムも苦笑いをしながら、トドメの一撃を繰り出してくる。
リアは緩慢な動きでローゼムに顔を向けた。
彼は苦笑を浮かべたまま、「私の知っている貴族の方は、そもそも私たち平民と口を聞いてはくださいませんから。同じテーブルに座るようなこともしませんし。リア様は躊躇いもなく口を聞いてくださいますし、同じテーブルに座ってくれますし、平民である私が出したお茶を口にしてくださってので。なので、ほかの貴族と違うのは確実ではないかと」と言う。
「……」
それが当たり前という感覚だったリアは、「そうなのか……」と小さく呟いた。
「戦場で行動を共にしていた時、リアってオレが先に食事を始めても気にしている様子がなかっただろ?」
「まぁ、気にならなかったな……」
言われてみれば、という感じでリアが返事をした。あの時の光景を思い出しているらしい。
それを見ていて、ローゼムが堪えきれなかった様子で小さく吹き出す。
「貴族の方は、そういうのを気にするのですよ。この領地を治めている貴族は、数年前に屋敷を訪れた平民が自分より早く食事に手をつけたことに怒って、その人を処刑したって噂がありますよ」
「……それだけでか?」
リアのその言葉がすべてを物語っていた。
ショウが先に食事を取ることに対して、本当になんとも思っていなかったのがよくわかる。
たぶん、リアの実家であるヴェアール家では、それが普通なのだろう。普通に平民を言葉を交わし、普通に同じテーブルに座り、彼らが先に食事を始めても気にしない。
こんな貴族が治める土地であれば、平民ものびのびと過ごすことができるはずだ。この旅が終わった時は、本気でヴェアール領に住むのもありかもしれないとショウは思い始める。
「貴族の方たちは、尊い血筋であることがなによりの誇りですからね。出自もわからないような平民は特にお嫌いですから」
そう言うということは、ローゼムは貴族に対して苦い思い出があるのだろう。それでもリアが貴族と知りながら態度を変えないのだから、リアが自分の知っている貴族とは違うタイプであるとは口に出さないながらも思ってはいたらしい。
今はタイミングが合ったので、ショウの言葉に同意したようだ。
「そんなリア様だからこそ、兄はこの国の貴族に対しての考え方を改めてくれたのでしょうね」
ふっとローゼムがもらした言葉に、リアはなにかを言いかけていた口を閉ざす。




