信頼と裏切りの戦場14−11
レンゼムが叫び、その場から走り出す。ナイフによる攻撃が来るのかと思って身構えたショウの脇を通り抜けた。ハッとしたショウが身体を反転させてその服を掴もうとして手を伸ばすが、レンゼムの方が少しだけ早く、ショウの手は空を掴んだ。
レンゼムの狙いがリアであることは明白で、ショウもすぐにその後を追う。
身体強化の魔法を受けているレンゼムの足に、亜人であるショウはなかなか追いつけない。
どれだけの強さの魔法をその身に受けているのか。魔法に関しては素人であるショウには想像できないが、それでもかなり強い魔法がかけられているのはわかる。その強い魔法をかけられていて、レンゼムの身体が耐えられるのかもわからなかった。
「死ねよ、リア様!」
そう言いながら腕を振り上げたレンゼムの手には、なにかが握られている。それは赤い石のように見えた。大きさは違うものの、リアの杖の先端についているものと同じもののように見えた。
ーー魔鉱石かっ!
ショウがそう思ったのと同時に、少し離れた場所から見ていた副官もその存在と目的に気付いたようだ。
「ショウ=アステール! その男を斬れ!」
少し離れた場所から、副官の声が響く。それと同時に、リアも叫んだ。
「やめろ、レンゼム! それを使えば、お前もただではすなまいぞ!」
レンゼムの目的に気づいたリアが声を上げるが、レンゼムは「こっちはもともと死ぬ覚悟でここにいるんだよ!」と叫んで、リアに向かって持っていたものを振りかぶる。
守護の魔法は通常の攻撃は通さない。先ほどの攻撃が通らなかったことで、レンゼムはそれをわかっているはずだ。それでもリアに危害を加えようとするのであれば、これは守護の魔法が通用しない類の攻撃である可能性が高い。
そして、リアの言葉通りであれば、レンゼムがあれを投げればこの場にいる三人が間違いなく死ぬ。
ーー『私もお前と一緒で帰りたい場所がある』
リアが言ったあの言葉が脳裏を過ぎった瞬間の判断は、瞬きをするよりも短かったかもしれない。
ショウは覚悟を決めて小さく舌打ちをし、地面を強く蹴ってレンゼムの背後に迫る。人間と亜人は身体能力に圧倒的な差がある。その差をレンゼムは魔法で補っている。それでも魔鉱石を投げようとしているせいで、若干走りが遅くなっている隙に一気に近づく。
レンゼムが走りながら手に持つなにかを投げようとする寸前に、ショウが跳躍して長剣を高く振り上げた。
脳裏に、リアに優しく笑いかけるレンゼムの笑顔と、それに笑顔で応えるリアの姿が過ぎった。
ーーそれでもオレは……
一瞬だけ脳裏を掠めた最愛の恋人であるルトの悲しそうな笑顔に、すべての覚悟を決めた。
守るべき者のために。
帰りたい場所に帰るために。
そのためだけに、この場にいる者たちはいろんなものと戦う覚悟でここにいる。
リアもショウもレンゼムも、国は違えど同じ目的を抱えてここに来た。
守るべき者のためになにかを犠牲にしなければならないのであればーーーー
なにかを切り捨てなければ守れないものがあるのだとしたらーーーー
ーー選択肢は一つしかない。
ショウは、長剣を力強く振り下ろした。
途端、なにかが断ち切れる音と同時に血飛沫が舞い、返り血がショウの服に飛び散った。
レンゼムの身体は勢いを失い、その場に倒れ込む。その手から、ぽろりと赤い石が落ちた。
無事を確認するためにリアを見上げると、その頬にはレンゼムのものだと思われる血がついていた。呆然とした様子で、こちらを見下ろしている。
視線を足下に戻すと、少しずつ広がっていく血溜まりを見ていてわかった。この量では、人間は絶対に助からない。
レンゼムの声が小さく名前を呼んできたような気がして、ショウは彼の身体を抱え起こした。
唇の端から血を流しているレンゼムは、小さな笑みを浮かべていて「すまない」と小さな声で謝ってきた。なぜ謝罪されるのかがわからず、ショウが困惑していると、「こうするしかなかったんだ」と言葉を重ねてきた。
苦しそうに息をするレンゼムはガシッとショウの服を掴み、「……もしも、弟に出会うようなことがあったら言って欲しいことがある」と言ってきた。
「言って欲しいこと?」
ノース=カイマートにいるレンゼムの弟に出会うようなことがあるだろうかと疑問を覚えたが、レンゼムの言葉を遮るようなことはしなかった。
口端から血を流すレンゼムの口がわずかに動いたものの、なにを言っているかは周りの喧騒のせいで聞こえなかった。
ショウが耳を近づける。
微かな吐息のような声が聞こえた。
きっと、これがレンゼムの最期の言葉になる。
彼はなにを言いたいのか。
ショウは耳を澄ませた。
「……お前にはーーーー」




