信頼と裏切りの戦場14-10
彼は慌てた様子も見せずに落ち着き払っていた。そのことで、彼がこのことに関わっているのだと瞬時に察する。
副官は言葉を続けた。
「その者たちは村人を騙り、我が軍に潜入するために村人を皆殺しに可能性があります!」
「……村人を皆殺し?」
リアが驚いた様子で呟いたのが聞こえた。亜人であるショウの耳でやっと聞き取れるような小さな呟きだったので、この場にいる人間たちには聞こえなかったことだろう。
驚いているリアの視線がレンゼムへと向けられる。レンゼムが二百人もの村人の虐殺に関わっているなんて信じたくもないのだろう。
一度は信頼を寄せた人間なのだから。
リアの視線を受けて、レンゼムは肩を竦めた。
「お忘れですか? リア様。ここは戦場ですよ? 勝つためならば、手段は選んでいられません」
「……」
そう。レンゼムの言う通りだ。ここは、間違いなく戦場。勝つために手段なんて選んでいられないのだ。そのことをわかっているはずなのだが、その言葉をレンゼムが口にすることが信じられなかった。
あの屈託のない笑顔は、全部演技だったのか。あの笑顔の下で、こんなことを考えていたのだろうか。
レンゼムはリアを見上げ、唇の端を吊り上げる。その顔は、自分を見下ろすリアを嘲笑っているかのように見えた。
「お貴族様は綺麗な世界しか知らないようですね。だったら、教えてあげます。戦場は人間の醜い部分が見え隠れする、この世で一番汚いところですよ。そんな最底辺の場所に自ら志願して来たんですから、そのようなことでいちいち驚いていたら、心臓がいくつあっても足りないですよ」
リアもそれくらいはわかっているはずだ。わかっていて、ここに来たはず。だが、実際に目の当たりにすれば衝撃を受けるのは避けられない。どれだけ頭で理解していても、実際に経験するのとではわけが違う。
それに、百年以上の年月を生きているショウと違って、リアはまだ十三歳で子供の部類だ。信じていた人間に裏切られるという経験も少ないだろう。いくら大人びていても、まだ子供であるリアにはレンゼムの言葉は酷かもしれない。
きっと、レンゼムはそれがわかっていて言葉を重ね続ける。
「我が国は、この戦争に絶対に勝たないといけないんです。理由は、後がないからですよ。この戦争に負けてしまえば、ノース=カイマートの全面的な敗戦になるからです。だから、我が国は勝つために手段を選んではいられない。そのため、俺は絶対にリア様を殺さないと国に帰ることが許されません。だからお願いです、リア様。ぜひともリア様には死んでいただきたんです」
にっこりとーーいつも見ていたような笑顔をリアへと向ける。しかし、その笑顔が纏う雰囲気はまったく違うものだった。見慣れたはずの笑顔なのに、薄寒いなにかを感じてしまう。
ーーこれが、レンゼムの本性か……
こういう人物だと見抜けなかったのは、ショウの落ち度だ。それくらい、レンゼムの演技は完璧だった。
リアの信頼を勝ち取り、それを最悪の形で裏切る。すべてはそのための布石だったのだだろう。
「ショウ=アステール!」
レンゼムの後方に立つ副官に名前を呼ばれ、彼の肩越しに視線を向ける。完全に意識をそちらに向けてしまえば、レンゼムはその隙に攻撃してくると判断したからだ。
レンゼムもそれに気付いたのか、ショウがわずかに視線を外しても下手に攻めてくることはなかった。
副官はその場から一歩踏み出し、大声を上げた。
「将軍からの命令です! その男を、村人殺害とリア様の殺害未遂の容疑者として捕らえてください! 本人が容疑を認める発言をした場合は、生死は問わないとのことです!」
その言葉を聞いた後、リアは大きく目を見開き、レンゼムは面白そうににやりと笑った。
「あー、しちゃったわ、認める発言。じゃあ、お前は俺を殺すしかないな」
「……」
「だって、お前は俺を殺さないとリア様を守れないもんな。この戦争に負けたくないんだろ?」
「……」
「お前に守りたい者がいるように、俺にだって守りたい者がいる。その点では、俺とお前は同じだよ」
この戦場に理由なく来ている者はいない。それぞれの人間がそれぞれの理由で戦場に来ている。ショウの部下である突撃部隊の隊員たちも、全員がなにかしらの理由があってこの部隊に配属されたのだと言っていた。
戦場の最前線で戦う突撃部隊に自ら志願して配属された者もいれば、ほかの部隊の隊長から不興を買い、追い出されるように来た者もいる。みんなそれぞれの理由があった。軍に志願した理由も人それぞれで、それぞれがなにかを背負っていた。
だから、ショウもレンゼムもなにかを背負っていることについては同じ立場であるのは間違いない。
リアだって、なにかを背負ってこの戦場に来たのだから。
レンゼムが一歩踏み出すのを見て、ショウは手に持った長剣を構える。
「あとは、それを守る覚悟がどれくらいあるかってことだな!」




