信頼と裏切りの戦場14−7
怒鳴りつけるような声に、ショウは背後にいるリアをちらりと見る。信じられないものを見ているかのような赤い瞳は、レンゼムの変わり様を必死に理解しようとしていた。
あんなに懐いていたレンゼムの怒鳴り声に、リアは杖を握り締める手に力を込めている。
「金がないことで、こっちがどれだけ苦労して生きてきたか、お貴族様には理解できないんだろうな! お前たちは、屋敷で優雅に暮らしているだけで湯水のような金が手元に入ってくるんだからな!」
違う。ヴェアール家はそんな家ではない。そこらへんにいるような貴族と一緒にするな!
そう言いかけた口を、ショウは閉ざす。今、余計なことを言えば火に油を注ぐようなものだと気づいたからだ。今のレンゼムには、きっとなにを言っても届かない。
「俺が弟と生きていくためにどれだけ苦労したか、お前らには理解できないだろ! 下々の生活なんて、お貴族様は興味ないだろうからな!」
レンゼムがナイフを構えたのを見て、ショウが長剣を構え直す。一足飛びで距離を詰めてきたレンゼムのナイフを受け躱し、剣を持ち直して一気に振り上げる。
ショウの長剣の持ち手部分がレンゼムのナイフに直撃し、再びその手からナイフが離れた。少し離れた場所から、からんとナイフが落ちる音が聞こえた。
舌打ちしたレンゼムはすぐに体勢を立て直して、ショウに足払いをかけてくる。それを予見していたショウはリアを抱き抱えて、その場から跳び上がる。近くに積まれた木箱の上に着地すると、レンゼムが最初に手放したナイフを拾い上げている姿が見えた。
思ったよりも近くにあったらしいナイフを拾うことが目的を果たすために、ショウをこの場から追い出したようだ。
拾ったナイフを片手に、レンゼムがショウたちを見上げてくる。
「本当に人間離れした動きだな。軍からの報告で身体能力が高いって聞いてたけど、ここまでとは思わなかったわ。リア=ヴェアールから身体強化の魔法でもかけられてるのか?」
「……」
その問いには答えず、ショウは抱きかかえていたリアを木箱の上に下ろす。改めて並ぶと、リアを小さく感じた。普段は後ろからついていくことが多かったのであまり意識していなかったが、この子はこんなにも小さかったらしい。
そのリアを「殺す」と口にするレンゼムを、ショウは許すことができなかった。
なにも答えないショウの言葉を待たず、レンゼムはさらに口を開く。
「ヴェスラ草原の最前線で俺たちの仲間を殺しまくった噂の黒銀の髪の男。ショウ=アステール、お前を見た時すぐにわかったよ。お前が俺たちの間で噂になっているサウス=リアクターの『黒銀の死神』だってな」
初めて聞いた言葉に、ショウは首を傾げる。どういう意味なのかがわからなかった。自分の知っている人間の言葉の中で、その響きを持っている言葉がわからなかった。
ショウが理解していないとわかったレンゼムは、再び舌打ちをする。
「お前のことを死神だって言ってんだよ。戦場で出会ったが最後。対峙した相手の命を確実に刈り取っていく黒銀の髪をした死神だってな」
ーーなるほど……
自分に二つ名がつけられているらしい。ショウはその二つ名で敵軍に認識されているようだ。
こちらを憎々しい瞳で見上げてくるレンゼムを静かに見下ろすショウは、その二つ名を聞かされてもまったく心が動かされなかった。ヴェスラ草原の最前線でノース=カイマートの兵士たちをこの手にかけたのは間違いないからだ。
あまりにの反応のなさに、レンゼムは期待外れだったらしく顔を顰めた。
「お前って、なんだかズレてんだよなぁ」
それもそうだろう。ショウは亜人だから、人間の感覚で見ると色々とズレているところがあって当然だ。リアや将軍たちが亜人に対して寛大すぎるだけで、普通の人間の反応はこんなものだ。
しかし、そんなことは口が裂けても言えないので黙っておく。
ショウが無言を貫くことによって、レンゼムはつまらなくなったようだ。
「とりあえず、俺はリア=ヴェアールを殺さないと帰れないんだ。お前のことは見逃してやるから、そっちの子供を渡せ」
リアと仲良く話していた時には絶対に言わないような言葉を平然と言い放つ。右手でナイフを持ち、左手をこちらに差し出してくる。
ぎゅっとリアが杖を両手で握り締めたのがわかった。
ショウだって敵軍の兵士をたくさん殺した。ここが戦場である以上、リアにだって命を狙われる覚悟があっただろう。だが、それが自分が信頼していた人間の裏切りからとは予想していなかったようだ。
「リア様。俺のために死んでくださいよ。あれだけ仲良くして差し上げたんですから、その命で見返りが欲しいですね」
「……」
リアは口を開かない。ちらりと肩越しにリアを見ると、リアは口を引き結んでレンゼムを見下ろしていた。




