信頼と裏切りの戦場14-6
「……レンゼム?」
いつもにこやかに笑っていた表情とはまったく違う、親の仇を見るような鋭い眼差しをこちらに向けて、レンゼムはどこかに隠し持っていたらしいもう一本のナイフを手にした。
リアは予想外の人物の登場に軽く混乱しているようで、それ以上の言葉が出てこない様子だ。
しかし、この状況を予想していたショウは冷静だった。リアは疑っていなかったが、タイミング的にレンゼムが関わっているのではないかと少しだけ考えていた。なので、実際にレンゼムが現れた時は、やっぱり、と思ってしまった。
なので、リアの代わりにショウが問いかける。
「お前は、ノース=カイマートの人間なのか?」
その問いに、レンゼムはなにも答えず距離を詰めてきた。少し離れていたはずなのに、その距離を一歩で詰めたレンゼムが振り下ろすナイフを長剣で受け止める。
ぎりぎりと拮抗する力で、長剣とナイフから鈍い音がし始める。
里一番の鍛治師が造った長剣がナイフごときに負けるとは思っていない。だが、この至近距離だと長剣よりもナイフの方に分があるのは明白だ。レンゼムをそれをわかっていて、危険を犯してでも距離を詰めてくるのだろう。
「リアを殺すつもりなのであれば、お前はただじゃすまないぞ」
「ーー望むところだ」
やっと、レンゼムは口を開く。
右足で地面を蹴って、レンゼムは後ろへ下がって再びナイフを構える。鈍い色を放つ刀身は刃こぼれしている様子はない。やはり、レンゼムの持っているナイフは強靭に作られているようだ。
ショウも次の攻撃に備えて長剣を構える。距離を詰められてしまえば長剣では攻撃しにくくなる。だが、それでも手がないわけではない。
ショウは、生き残るためならなんでもする戦い方を叩き込まれてきた。だから、今回もリアと共にこの状況から生き残るために最善の道を選ぶだけだ。
「レンゼム。お前はノース=カイマートの人間なのか?」
リアを襲うということは、その可能性が高い。そしてその場合、レンゼムが受けている命令はただ一つしか思いつかない。
ショウの問いかけに、レンゼムはにやりと唇の端を吊り上げた。そんな笑い方をしているところなんて見たことがない。これが本来のレンゼムなのか。
「当たり前だ。あんな腐った人間がいる国の住民だと名乗るのは、かなりの精神的苦痛だったよ。やっと、俺はノース=カイマートの人間だと胸を張って名乗れる」
「……」
そう言いながら、レンゼムは首筋の刺青を見せてきた。それはノース=カイマートの兵士に刻まれる紋章で間違いなかった。レンゼムが敵国の兵士であるなによりの証。
レンゼムはナイフを構えるのをやめて、肩を竦める。
「ヴェアール家の次期当主と言われていても、やっぱり人生経験の少ない子供だな。サウス=リアクターの人間だと言えば、簡単に騙されてくれた。拍子抜けしたよ」
リアが息を呑んだ気配が伝わってきた。確かに、リアはレンゼムがサウス=リアクターの人間だと信じて疑っていなかった。だからこそ、今回の兵士の不審死についてもレンゼムを疑う言葉の一つも出てこなかった。
本当に対峙しているのはレンゼムなのか、と思うほど、彼の雰囲気は様変わりしていた。リアを殺したいほど憎いと思っているのがわかる表情に、相手を斬ることに躊躇いのない太刀筋。気配を殺して相手に近づくのも、かなりの手練れであることがよくわかるほどだ。
さっきの一撃も、ショウが間に入らなければリアを確実に斬っていただろう。
レンゼムの視線が、ショウを通り越してその背後のリアに向けられる。
「さっさとお前を殺して帰りたかったのに、お前は突然来なくなるし。次来た時は、絶対に殺してやろうと思ってたんだけどな。待てど暮らせど来ないから、こっちから殺しに行くしかないと思って忍び込んだんだ。一人で出歩いてるところを見て絶好の機会だと思ったんだがな。罠かよ。ふざけんな」
つまり、兵士を殺したのはリアが本営を出て現場を見に来ることを期待してのことだったのだろう。そんなことのために、二人の兵士は犠牲になったらしい。
「やっと殺せるかと思ったのに。邪魔しやがって」
親の仇でも見るかのような目をこちらに向けてくる。このレンゼムが本当の姿なのかもしれない。サウス=リアクターの人間が憎くてたまらない、ノース=カイマートの兵士であるこの姿が。
「ヴェアール家の次期当主を殺して軍に戻れば、俺は英雄として扱ってもらえるんだ。一生遊んで暮らせるほどの金がくれるって約束なんだよ」
「……そんなもののためにリアを殺すつもりなのか?」
金なんてもののために、リアを殺すつもりでいるのか。そう思ったショウは、思わずそんなことを口にしてしまった。
しかし、その言葉はレンゼムの不興を買ってしまったらしい。
「そんなもの……?」
レンゼムの片眉がぴくりと動き、ショウを睨みつける。
「金がそんなもののはずないだろ! 金さえあれば、誰でもこの世界を自由に生きていけるんだよ!」




