信頼と裏切りの戦場14−1
14.
「リア……、このことを将軍に相談しなくていいの?」
今夜の行動のことを一通り話し合った後、リアに対してショウがそう訊ねると、少女は「うむ……」と難しい顔をして腕を組んだ。
ショウとしては絶対に相談した方がいいと思っているのだが、リアは少し違うらしい。すぐに返事をしてこない。こういうことに関しては、一度、将軍に相談して指示を仰いだ方がいいと思うのだが。
リアは難しい顔をしたまま、唇を少しだけ引き結んだ。
「相談というか報告をした方がいいのはわかっているのだが、したらしたで止められるのが目に見えているのだ」
「……」
脳裏に、必死にリアを止めようとする将軍の姿が思い浮かぶ。確かに、彼は必死にリアを止めようとするだろう。リアがそれを頑なに拒否すれば拒否するほど頭を悩ませるはずだ。
もしかして、この軍の中であの人が一番の常識人で一番の苦労人なのではないかと思ってしまう。十三歳の女の子に振り回される大の大人の姿を思い浮かべて、ショウは思わず眉を寄せてしまった。
「だが、相手の目的が私である可能性がある以上、私が一番の適任だと思うのだ。お前もそう思うだろう?」
「まぁ……、リアの言う通り、今回のことに関してはリアが一番の適任だと思う」
このことに関して、リア以上の適任者はいないというのはショウも思っているところだ。だからこその賛同なのだが、だからといってリアを危険に晒すのはどうかと思う。
リアは立場上、この戦争においてはかなりの重要人物だ。そのリアの身を危険な場所に置いてしまうのは気が引いてしまう。
まだなにか言いたそうなショウの顔を見て、リアは怪訝そうな表情をして「もしかして、忘れているのか?」と口を開いた。
ーー忘れている……? なにか忘れてたっけ?
そんなことを思いながらリアの言葉を待っていると、彼女は右手の指先で自分の胸をとんとんと軽く叩いた。
「私には守護の魔法がかかっているのだぞ? ちょっとやそっとじゃ傷ひとつつかんと言ったはずだ」
「あ……」
そうだった。リアとショウ、そして将軍と副官には、リアが自ら守護の魔法をかけていた。それを目の前で見ていたのをすっかり忘れていた。全然身体に違和感がないせいで記憶の彼方に飛んでしまっていたが、魔法耐性でも守護の魔法はかけられると言っていたのを思い出す。
無意識に、自分の身体を見下ろす。そして次にリアを見つめる。
リアがみんなにかけた守護の魔法とは、そんなに強いものなのだろうか?
守護の魔法の効果を目の当たりにしていないショウがそんな疑問を考えていると、リアは表情でそれがわかったようだ。
「仕方ない」
小さくそう呟き、おもむろに杖をショウへと向けた。ベッドに座っているリアの髪がふわりと左右に広がったと思った瞬間、こちらに向けられている魔鉱石が赤く光を放つ。
え、という言葉を出す暇もなく、その周辺に氷の矢のようなものが現れてショウに向けて飛んできた。
「!」
びっくりして立ち上がろうとしたものの、リアが作り出した氷の矢の方が早い。
中途半端に腰を浮かした状態のショウが長剣を構える暇もなく、長年の訓練の賜物で目を逸らさずにいると、目前まで迫ってきた氷の矢から、がぎん、と重い音がした。
顔に向かって飛んできていた氷の矢が、ショウの顔面すれすれでなにかにぶつかったかのように粉々に砕けて地面に落ちる。驚いて落ちていくそれを目で追うと、氷の矢の残骸は地面に落ちる前に淡い小さな光の粒になって消えた。
「……」
あまりの一瞬の出来事に言葉が出てこない。
呆然と地面を見つめているショウに対して、リアはこちらに向けていた杖を再びベッドに立てかけて、「これが守護の魔法だ」と言った。
ショウの視線がリアへと向けられる。それをリアは真正面から受け止め、もう一度、右手の指先で自分の胸元をぽんぽんと叩く。
「今のはそんなに強い魔法ではないが、それでもお前には傷ひとつついていない。このレベルの魔法が通用しないのだ。普通の剣による攻撃がまったく通らないと言う私の言葉は理解できたか?」
こくり、と頷く以外、返事ができなかった。
魔法が自分に向けられたのも初めてのことだった。剣士よりも魔法使いの方が優れており、魔法使いが剣士の何百倍もの戦力に値すると言う話は本当だったのかと実感した。
ーー本当に、反応しきれなかった……
リアがショウに対して杖を向け、氷の矢が飛んでくるまでの時間は三秒もなかった。たったそれだけの時間では、剣士では対応しきれない。
ーーこれが、戦場で魔法使いが最強だと言われる理由か……
殺られる、と思った瞬間に高鳴った心臓をなんとか落ち着け、ショウは出入り口近くのラグの上に座り直す。
だが、なんとなく気持ちが落ち着かない。全身からぞわぞわとした感覚が抜け切らない。
必死に平静を取り戻そうとしているショウとは裏腹に、リアはかなり落ち着いている様子だ。
「だから、あの場で守護の魔法をかけた者はちょっとしたことでは傷を負うことはない。だから、私が少しくらい危険を冒しても問題はないと思っている」
「……」
それでも十三歳の女の子を危険に晒すのは気が引けるが、今のリアを見る限りなにを言っても引かないのは短い付き合いでもよくわかる。
なので、ショウは了承の返事を出すしかなかった。
ショウの返事を聞いて、リアは満足そうに唇の端を吊り上げた。
「お前は今のうちに少し寝ていろ。その間に、私は将軍にこのことを知らせておく。反対されても押し通すつもりだ。その後に私も少し寝る。夜はほとんど寝られないかもしれないから、今のうちに仮眠をとっておいたほうがいい」
リアにそう言われ、ショウは少しだけ仮眠を取ることにした。二時間ほど寝ることができれば、明日の夜までまったく問題なく動けるだろう。
ラグの上で横になる。結界魔法が張られていても、とりあえず周囲の気配には意識を向けながら、ショウは浅い眠りに入った。




