保育園?
「もういい」
靑詞は帰ってきたことを察するとアイビスの手をどかして配信の椅子に座った。
「………お疲れ様。仮想世界は無事壊せました」
アイビスの労いの言葉にも舌打ちをしたくなった靑詞はガックリと項垂れた。
「………どうしました?」
「どうもこうも………最悪な気分だよ」
メイザスに無理矢理行かされたようなこれが今後も続くこと。自分の心がすり減るような人を悲しませるような出来事だったことを思い返しながら、靑詞は愚痴をこぼした。
だが、アイビスは理解できていないようで靑詞に優しく手を置いた。
「どうしてですか。人類を救ったんです。素晴らしい活躍でした。私は核があの男の子だとばかり」
むしろ褒めたいとばかりに嬉しそうに話すアイビスに目を細めながら靑詞は向き直った。
「俺がやったのは、陽斗くんを悲しませて。陽斗くんの大好きなお父さんをもう一度殺しただけだ」
「それは違う。人類を破滅に導くテラーとそのテラーが作り出した仮想人類と仮想世界を消滅させただけ」
「……あのテラーの子も言ってたな。なんで自ら不幸になるのかって。人類を幸せにしたいっていう立派な意見の奴らを殺して、俺は正しいと思うか?」
靑詞の投げやりな言葉だったが、アイビスは薄く笑顔になって嬉しそうに頷いた。
「はい。仮想人類共生計画は阻止すべきです。そのために活動する靑詞はとても正しいです」
「アイビス……お前は本当に俺にとって都合のいい女だな。いや〜感謝感謝」
皮肉たっぷりに投げやりな声を出すのだが、アイビスはまたしても悪意なく頷いた。
「人類のためになれてよかったです」
それを聞いて靑詞は今度こそ舌打ちをしてしまった。
すると雲瀬がふわふわと靑詞の膝に浮かんでくる。
「まあまあ、そうカリカリしなさんな」
胡乱げな視線を雲瀬にも向けて、靑詞はうざったそうに雲瀬の背表紙を指で押した。
「お前もアイビスと同意見か?」
雲瀬は少し黙り、苦笑いの声を漏らすが、すぐに肯定の意を示した。
「あっそ。お前はかなり人間ぽいからアイビスとは違うと思ってたけど」
やっぱりお前も人間じゃないんだな。と仮想世界で一度謝った発言を改めてすると雲瀬も浮かび上がって笑い声を漏らした。
「ああ、俺は間違いなく人間じゃないぞ」
そう言うと軽く靑詞の頭に体の角をぶつけて少し距離を取った。
「だけどな、これでも今まで何人もの人間の意識を読み取って学習してきた。だから人間についてはある程度わかっているつもりさ。そんな俺から言わせれば、今のお前は純粋で可愛らしい女の子に八つ当たりしてるだけの、ただのクソ野郎ってやつだ」
煽り返され、靑詞は苛ついたように顔を顰めるが、不満を吐き出すように肺の空気を全て吐き出すと、力無く椅子にもたれた。
「………その通りか」
反論できるところはないと理解して、靑詞は顔を少し上げてアイビスを見つめた。
「悪い」
不貞腐れた子供のような小さな謝罪だったが、アイビスは変わらず謝罪の意味がわかっていないようだった。
雲瀬が靑詞の発言も仕方のないことだ、とフォローしながら空気を変えるように明るい声を出した。
「靑詞も色々あって今日は疲れただろ。もう現実世界に戻ったほうが良いんじゃないか?」
「ああ、そうさせてもらうよ。お前らはどうする?」
俺が帰った後何かやることはあるのか、と靑詞が言外に聞いてみると、アイビスは雲瀬を確認するように視線を向けた。
「俺たちはこの後メイザスと話があるから、お前一人で戻ってくれ」
「うげ」
聞きたくない名前を聞いて靑詞は気分を悪くさせた声を漏らす。
だったらこのまま会わないうちに戻るのが良さそうだと靑詞疲れた体を椅子から離す。
「ああ。じゃあまたな」
靑詞は逃げるように仮想世界から消えていくのだった。
しばらくしてから現実世界のベッドで仮眠を取っていた靑詞は、自分のお腹に何かの違和感を感じて目を覚ました。
眠たそうに薄く目を開けると、そこには雲瀬が乗っており、また自分は仮想世界に来たのだと理解する。
「メイザスと話は終わったのか?」
「ああ。滞りなくな……靑詞は何をしてたんだ?」
雲瀬はお腹から浮かぶとアイビスの膝に移った。
「…陽斗くんのことが気になってな。通っていた保育園とかはわからないものかと思って調べていたよ」
「そうか。場所はわかったか?」
「いや……看板に書かれていた名前で検索しても出てこなかったよ。似たような名前とか地名で検索してもそんな保育園は出てこなくて……ちょっと調べ疲れたから横になっていたんだ」
靑詞の解答にアイビスは首をかしげるだけだったが、雲瀬が心配したような声を上げた。
「お前……別にそこまでする必要はないんだぞ?」
「わかってるよ。これは、自分のためだから」
そう言って靑詞は現実世界で調べていた情報を頭の中に思い出して帰った後にどうやって検索を続けるかを考えていた。
自分が壊した陽斗の世界。それの元になった保育園を探しているのはなぜかと言われれば、靑詞にもよくわからない。現実の陽斗を探して謝罪したところで何を謝られているかはわからないだろうし、何の意味もない。
結果だけ見ればむしろ感謝されるほうなのではあるが、靑詞はそうは思えなかった。
別に探し当てたとして、どうしようもないことはわかっている。だが、どうしても壊したから終わりと言う気にはなれなかったのだ。
だが、あの仮想世界で見た名前の保育園は見つからない。
少し調べてみると変わった地名だから間違いなくそのあたりにあるとは思うのだが、そんな名前の保育園や見た目が同じ保育園はなかったのだ。
「………そんなもんかね」
雲瀬も賛成はしないが反対もせずにふわりと離れていった。
どうせ最初から協力も理解もされないと思っていた靑詞は特に気にもとめていなかったのだが、予想外なことにアイビスが考えるように少し俯いた。
「………保育園じゃないのかもしれないです」
「………えっ?」
それは意見に対してもだが、アイビスが協力する姿勢を見せたことについてもの疑問の声だった。
「仮想世界は記憶を基に作られているのですが、現実の姿そのままとは限りません」
どう言うことだ、と靑詞が不審そうに声を上げると雲瀬が遠くから続きを話した。
「たとえば、『会社に行きたくない。会社で大活躍したい』って願望があったとするだろ?その仮想世界が会社になるとは限らないんだよ。そいつにとって、会社はいかなければならない監獄のような場所だと感じているなら、仮想世界は監獄になるかもしれないってことさ」
「………なるほど……?でも陽斗君くらいの年齢の子が何かを保育園だと思うことがあるか……?」
「さぁ、そこまではわからんなぁ」
靑詞は腕を組んで目を閉じた。
もし保育園じゃないとしたら何の可能性があるだろうか。
何かを保育園のようだと思うようなことは子供にはなさそうだし、だとすると願望が入っているのだろうか。自分の行っている場所ではなく保育園に行きたいと思うようなことがあるのだろうか。
いくつか可能性を考えてみたところで答えは出てこず、靑詞は少し考え方を変えてみた。
あの世界は、死者に会える世界だった。
間違いなく大好きな父親に会いたいという願望から出来上がったのだろう。
だとしたら、とできるだけあの世界で起きた出来事を思い返していると、あの幸せな発表会の風景がまぶたに浮かんだ。
「お母さんが好き……おやすみの時はおばあちゃんと家族三人で料理をしてって言ってたよな」
他の発表も思い返していると、その疑問はだんだんと確信に変わっていった。
「悪い、直ぐに調べたいことがあるんだ、俺はまた帰るよ!」
そう言って靑詞は現実世界に戻り、焦ったようにパソコンを開いた。
インターネットのブラウザを立ち上げ、検索窓をクリックすると検索する語句を打ち込んでいく。
「もしかしたらと思ったが………同じ名前で、似た建物がある。それに、建物の前には大きな木があるな」
それは、まるで陽斗が降りられなくなったあの木のようで、靑詞はまだ不確定にも関わらず確信したように頷いていた。
「とはいえ、行ったところで通してくれるわけないよなぁ」
縁もゆかりもないし、とホームページを眺めていると、靑詞はおっ、と声を上げた。
「へぇ。こう言う施設は花見やクリスマス会とかをやってるんだな」
そう呟いたところで靑詞はあの仮想世界で母親と会話した内容をふと思い出した。
「確か……陽斗君と旅行に行くとか言ってたよな。確か場所は……」
会話を必死に思い出しながらそのホームページに目を通していく。そして記憶と一致する情報を見つけると、靑詞は思わず立ち上がっていた。
「あった!旅行って、そう言うことか……っ!」
問題はどうやってあの子の様子を見るかだが、そんなものは仮想世界に突入するよりも何倍も楽だと迷うこともなく家からの道筋を確認し始めていたのだった。




