いつまでも見守ってくれてるよ
次の日曜日、靑詞は朝早くに一人で車を走らせていた。
六時前の休日の道路は空いていて、靑詞はただアクセルをぼんやりと踏みながら流れる景色を見つめていた。
向かう先で陽斗には出会えるだろう。状況証拠しかないのに、靑詞はそう確信していた。
出会って何を話すのかと言うことは何も浮かんでいない。そもそも彼は靑詞のことなど知らないのだから話すこともできないかもしれない。けれど靑詞は今こうして朝早くから車を走らせている。
今自分がしているのは自己満足のためなのかもしれない。迷いは心の中に残っていたけれど、靑詞は目的地の駐車場に車を着けると、直ぐに降りていった。
「………いい天気だな」
青空は高く清々しい気持ちになる。
きっと陽斗も母親も楽しんでいることだろう。
「いや、楽しんでいて欲しい、だけかもな」
自分勝手な思いを抱いてしまったことを戒めるように軽く首を振ると、靑詞は車に鍵をかけ、歩き出した。
直ぐに住んでいる街中とは違う澄んだ空気が靑詞を包み込んだ。
自然豊かなその山に彼らは来ているらしい。
それがなぜ分かったかというと、ホームページの情報だ。
いくら調べても仮想世界で見たような保育園は見当たらず困っていた靑詞だったが、アイビスの保育園ではないかもしれないと言う情報で一つ心当たりができた。
それは、児童養護施設。
陽斗の父親は亡くなっているという情報はある。もし母親が再婚せずに一人で育てているのだとすればその可能性にも信憑性が出てきた。
それに他の仮想人類の子供たちの発表を思い返すと、話の中に父親がいなかったりする発表ばかりで、なんとなく確信が持てたのだ。
実際調べてみると名前も一致するし、木の情報もあった。
保育園になっていたのは、少年の淡い願望のようなものだったのかもしれないと思うとやりきれない感情を抱いてしまう靑詞だったが、今は特定できてよかったと分別をつけるしかない。
仮想世界と違って現実で自分がしてやれることなんてないのだから。
「仮想世界でだって、俺は陽斗君の敵みたいなものだったけどな」
自嘲するように呟きながら山中を進んでいくと、いくつかのコテージが目に入った。
どうやらキャンプなんかも楽しめるような場所になっているらしい。
入り口の看板を見るとお客さま一覧にホームページで見た施設の名前が書いてあり、靑詞は覚悟するように一度頷いてからまた歩を進めた。
先ほどまでと違って少しづつ周りが騒がしくなり、陽斗と同じくらいの子供たちが親や職員らしき大人たちと遊んでいるようだった。
川で遊んだり遊具で遊んだりしている楽しそうな声を聞きながら、靑詞は辺りを見回す。
本当にそこに居るかなんてわからないけれど、靑詞は確信を持って探していた。
そして楽しんでいる皆の輪から少し離れて、木の椅子に座りながら絵を描いている少年を見つけ、靑詞は思わず声をあげていた。
「………いた」
少年、陽斗は楽しんでいる他の子供たちを見ながら夢中で絵を描いている。
膝に乗せたクレヨンが散らばっているから、長い時間そうしているのだろう。
靑詞はゆっくりと彼に近づいていき、後ろに立つと絵を覗き込む。
きっとみんなが遊んでいる光景や山の中を描いているのかと思っていた靑詞は描かれていた絵を見てどこか嬉しそうに小さく微笑んでしまった。
「………?」
その声に気が付いてクレヨンを握りしめながら振り返った陽斗は、誰だろう、と少し怯えたように見上げる。
靑詞は笑顔のまま陽斗に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「ごめんね、絵を描くの邪魔しちゃって」
「………」
ただ黙って大丈夫とばかりに首を振る陽斗を見て、靑詞は少し目を細めた。
彼が現実でも変わらないことと、描いている絵が眩しくて罪悪感を感じていたのかもしれない。
「………格好良いね。この人」
「………」
しばらく緊張していた陽斗だったが、靑詞の声が優しかったからか、自分の絵が褒められたからか恥ずかしそうに小さな声でありがと、と呟いた。
陽斗が描いていたのは皆が楽しそうに遊んでいる光景では無かった。
そこには、絵本を抱えた彼自身と母親。そして、どこを見回しても存在しない、彼の父親の姿が描かれていた。
「きっと、この格好良い人は、君も護ってくれるんだよね」
「………うん」
「きっと、いつまでも見守ってくれてるよ」
「そう、かな」
不安そうにつぶやく陽斗に、靑詞は笑顔を向けて優しく頭を撫でた。
「うん。お兄さんは魔法使いだったからね……わかっちゃうんだよ」
魔法使いと言われて不思議そうに見つめる陽斗に、靑詞は押し潰されそうに胸を押さえながら笑い続けた。
「君が大切に書いた絵が教えてくれるんだ。……君は、強い子だって。その名前のように、優しくて、温かい子だって。だから……自信を持って」
その言葉を聞いて陽斗は驚いたように息を呑んだ。
陽斗は偶然だとしか思えないが、靑詞の言った言葉が陽斗の父親の口癖だったから。
あの仮想世界で最後に残した言葉だと知っているはずもなく、彼は驚いていた。
「………パパ?」
「ん?」
「あ……なんでもない」
陽斗は思わず靑詞をそう呼んだが、すぐに首を振った。
だけど、次に靑詞に見せた顔は、幸せそうな笑顔だった。
「ふふ、この絵を見せたら、喜んでくれるかなぁ」
「ああ。絶対喜んでくれてるから。安心して描きな」
それが叶わない夢だと分かっていても、靑詞は迷わずに頷いてみせた。
お互いに名前も知らないはずの二人だが、分かり合えたかのように笑顔を交わす。
見るだけで心が温かくなるような陽斗の年相応な笑顔に、靑詞はちくりと小さな痛みを覚えた。
彼の知らないところで彼を悲しませてしまった罪悪感だろうか。
その感情から逃げるように靑詞は立ち上がった。
一番見てほしい人には決して見られることの無い絵を最後にチラッと見てから、靑詞はそろそろ行かなきゃ、と伝えた。
「うん……お兄ちゃんも、また出来たら見てくれる?」
「……………」
靑詞はその言葉には何も返せなかった。
施設の関係者でも無いし、そんな資格は、自分には無いと思ってしまったから。
でも断ることは、彼を悲しませてしまうことになる。無責任に頷いてその約束を果たすことができないのも同じことだ。
靑詞にできるのはその言葉が聞こえなかったかのように背中を向けて離れていくことだけ。
少年の願望の世界を壊すことだけじゃなくて、現実でも悲しませることなんか、彼にはできなかった。
少し寂しそうに靑詞の背中を見ている陽斗の視線を精一杯無視しながら靑詞は足を動かしていく。
人類の、何よりも自分のためとはいえ、これからもこんな辛い思いをし続けなければならないのだろうか。
吐きそうなくらいに苦しかったけれど、靑詞は一人安心したように息を吐き出す。
この痛みは、まだ自分が人間らしい感情があるという証拠だから。
それからしばらくして、靑詞は見慣れた自分の机にもたれていた。
そんな彼の上に雲瀬が乗っかって気楽な声を上げた。
「そうだ、靑詞。小説を書いてくれる執筆者も探さないとな?」
「ああ、それもしなきゃな………でも当てもないし。雲瀬詳しいんだろ?お前が書いてくれよ」
「ははは、悪いが俺は書かないよ」
そりゃそうか、と靑詞は机の木目を見ながらどうしようかなぁ、と声を漏らした。
「ってか、今回の話を書いたらとてもじゃないけど世界を救う英雄じゃなくて、子供をいじめる悪者だって言われてしまいそうだな」
靑詞が仮想世界であった出来事を思い返しながら呟くと、アイビスが小さく首を振った。
「大丈夫ですよ」
「ああ、そうだな。読者は理解してくれるだろ」
無責任なフォローにも聞こえたのだが、靑詞ははいはい、と軽く流した。
「おっと、この会話も使われるんだろう?だったら読者に英雄様からのメッセージでも伝えたらどうだい?」
「そうだな……いや、本当にその方が良さそうだな」
起き上がると靑詞はパソコンの小型カメラに向かって座り直した。
だらけていて乱れた髪の毛を手櫛で直してから、靑詞は配信用の笑顔を浮かべる。
「皆さん、今回は人類を救う大事な一歩を無事踏み出せました。これからも人類のために頑張って……そう!自主的に人類のために頑張る所存です。応援のほど、よろしくお願いいたします!」
あとこれだけは言わなきゃ、と慌ててわざとらしく咳払いをした。
「私は、子供のことが大好きですよ!信じてください!児童虐待反対、ダメ絶対!」
わざとらしく笑い飛ばしながら靑詞は手を振った。
きっとこれから何度も今回以上に辛い目に遭うのだろう。
それでも、人類と、何より自分のために。
戦い続ける覚悟を笑顔の下に隠して。
この章の執筆を金田 悠真先生に担当して頂きました。
色々と予定が狂って投稿が遅くなりました....
次回の投稿までは少し時間がかかりますが、必ず投稿するので
それまで待っていただけると嬉しいです。
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