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存在しちゃいけないんだ


「みんな!元気かな〜?」


靑詞は表情だけ貼り付け、明るい声を上げた。今からすることを考えると憂鬱になるし、こんな声を出している自分が滑稽に思えたが、全ては自分の安全のためだ。自分を虐めて追い込むように言い聞かせながら大きく息を吸い込んだ。


「お兄さんは魔法使いだよ!」


「まほうつかい……?」


「ウッソだ〜!」


保育園の庭で遊んでいる子供たちのところに飛び込んだ靑詞は、子供たちに囲まれていた。

注目は集めたから十分だろう。彼らの中には陽斗の姿もきちんとある。


「本当だよ!そうだなぁ……ほら見て!」


靑詞は手に持っていた雲瀬を皆の前に掲げる。

そしてしばらく沈黙が続くと声を顰めて雲瀬に顔を近づける。


「ほら、浮かんでアピールしろって」


「………」


雲瀬は理解したのかふわふわと浮かび上がり、園児たちはその姿をキラキラとした目で見つめていた。


「うわっ!すご〜い!」


「ばか、手品だって」


「違う違う、魔法なんだよ」


そう言って浮かんだ靑詞から離れ、保育園を一周した雲瀬はまた靑詞の手に戻ってきた。

流石にここまでされたらと子供には批判ができず皆食いついたようだった。


「じゃあこっちのねーちゃんもまほうつかい?」


アイビスを指差した男の子に頷きかけるが、そこは特に考えていなかった。

どうしたら魔法使いっぽく見せられるか、と笑顔の裏で考えていると、アイビスが一歩靑詞に近づいた。


「靑詞。テラーを発見しました」


「………っ」


予想では先生か、園長か、とアイビスの視線を追っていくと、そこには陽斗の隣でこちらを見つめている小さな女の子の姿があった。


「………子ども?」


「いえ、テラーです」


脅威にはなりそうに無さそうなことに少しだけ安心しつつ、予想外の事実を受け入れられなかった靑詞だったが、アイビスの言葉を聞いたのか子供の表情ながら明らかな敵意を向けていることに気がついた靑詞は警戒を強めた。


「なぁ、なぁ、もっと魔法見せてくれよ!」


「こっちのお姉ちゃんのも見たい!」


足元に群がってくる子どもたちの頭を撫でながらどうしたものか、と考えている靑詞だったが、服を引っ張る彼らの小さな手の中で、振り回される4本の腕が目に入った。

興味津々に集まっているはずの子供たちのうち、二人は小さな、けれど確かな敵意を持って靑詞に腕を振り下ろしていた。


「う〜〜、う〜〜っ」


痛くはないけれど、その腕の主はかわいい唸り声を上げながら握った手を振り回し続ける。

どうやら、靑詞の足を必死に殴っているようだった。


「ええ、と?」


痛くも痒くもないが何か怒らせることしたかな、としゃがんだ靑詞が彼らの顔を見つめた。


「ふふ、どうかし………っ」


優しく声をかけた靑詞だったが、その園児は激しい風と共に一瞬で目の前からいなくなった。

そして残ったのは細く白い脚。


「………アイビス?」


足を見上げていくとそこには片足立ちになったアイビスがいた。

恐る恐る視線を移していくと、そこには壁に打ち付けられぐったりと倒れ込む子供がいた。


「おま……っ⁉︎」


「ホロンです。排除しました」


何をしたんだ、と怒る前に、冷静な報告がされた。

ぐったりと倒れ込んだ子どもたちはそのまま光の粒子となって消え失せていったようだ。


「ああ、間違いなくホロンだ。でもあれで最後だったみたいだな」


「………」


そう言われ安心するよりも先に、靑詞は初めてアイビスを恐れるように見つめた。

あんなに無害で可愛らしい子どもを、一切の迷いなく蹴り飛ばすなど、自分にはとてもではないができそうにもない。たとえホロンだとわかっていても、だ。

ようやく周りの子供たちも何が起こったのか遅れて理解し始めると、一気に悲鳴を上げて靑詞たちから離れていった。

するとアイビスが好機だとばかりに飛び上がり、陽斗と隣に立っていた女の子の前に着地した。


「………み、みゆちゃん!だいじょうぶ……!」


守るように美結の前に立った陽斗が涙目でアイビスを見上げるが、アイビスは意にも介さないようで、そのまま陽斗を無視して女の子の腕を乱暴に掴み上げた。


「み、みゆちゃん……!」


「あなたがテラーね」


靑詞も遅れて駆け寄るが、どうしても小さな女の子を片腕で乱暴に持ち上げるアイビスという光景に慣れず何もできなかった。

美結もまたアイビスを鋭い目で見つめながら痛む腕を庇うように手を添えていた。


「なんで……私以外のテラーがここに……っ?」


「知る必要はない」


そう言って投げ飛ばそうとしたアイビスが力を込めた瞬間、陽斗がアイビスの脚にしがみついた。


「みゆちゃんにひどいことしないでっ!」


「………」


アイビスは一応止まるが一切の抵抗にもなっていない陽斗を冷たく見下ろす。

その表情は靑詞でさえ怖くなってしまうほどで、陽斗がその視線に耐えられるはずもなかった。

足を掴む手は弱くなり、潤んでいた瞳からはポロポロと涙が溢れ始める。


「ぅっ……ううっ……!」


「なぁ、アイビス」


靑詞がもう少し穏便にと言いかけた時、陽斗が泣きながら叫んだ。


「たすけて!パパっ‼︎」


「………しまった」


アイビスが感情もなくそう呟くと、上空にあの時のように光のリングが浮かび上がった。

そしてそこを通って現れた男は地面に着地し、陽斗を守るようにアイビスの前に立ち塞がった。


「パパ、みゆちゃんを助けて!」


「わかったよ」


優しくそう言うと、父は思い切り足を振りかぶり、アイビスの横腹を思い切り蹴り飛ばした。

アイビスの細い体が人形のように吹き飛び、数メートル飛ぶと地面にバウンドしていった。


「………っ!」


思わず息を呑んだ靑詞だったが、父は女の子がアイビスと共に吹き飛んだことを確認すると追い討ちをかけるように飛び上がった。

そして矢のように鋭くまっすぐにアイビスに飛びかかると、右足をもう一度振り抜く。

アイビスは堪えるが、保育園の壁に叩きつけられると壁は一気に凹んで破片が光となって砕け散っていく。


「………っく」


アイビスは思わずテラーの女の子を手放し、父親に反撃の蹴りを放つ。

父親はひらりと軽々2メートルほど跳んで躱すと、アイビスは空中にいる父親に向かって飛び上がり、細い腕から聞こえるはずのない轟音を響かせながら殴りかかった。

だがどれも当たらず、父親は腕で防ぎながら反撃の拳を放った。

アイビスはまた地面に叩きつけられ地面が抉れる。

突然始まった現実味のない戦闘に呆気に取られていた靑詞だったが、ハッと意識を取り戻すかのように投げ捨てられたテラーに近づいた。

腕を摩りながら立ち上がった彼女は靑詞を睨みつける。


「あなたも………いや、あなたはテラーじゃない?」


「ああ。俺はテラーでも仮想人類でもない。君たちが幸せにしたいと思っている、現実の人間だよ」


それを聞いたテラーは涙ながら靑詞に飛びついた。


「だったらあの白髪のテラーを止めて!このままじゃあこの世界があの女に壊されちゃうの!」


助けを求めてくる小さな女の子の涙に感じるところがなかったわけではないが、靑詞は静かに首を振って女の子を引き離した。


「………ごめん」


「どうして……!」


「俺も、この世界を壊しに来たからさ」


テラーの女の子は驚いたように目を大きく開くと、もう一度靑詞に縋るようにくっついた。


「ねぇ!どうして壊すの⁉︎ここはすごく素敵な世界なの!陽斗くんは大好きなお父さんにいつでも会えるの!」


「………知ってるよ」


「現実じゃあもう死んじゃった大好きな人に会える世界なの!今は陽斗くんを基にしたから陽斗くんだけだけど…いつかみんな好きな人に自由に会えるようになるのよ!なんでそんな世界を壊すの⁉︎」


「………」


そんなこと、靑詞が問いたかった。

優しくて幸せな世界だと言うことは、もう十分にわかっている。

誰だってもう会えない人間に会えたらと願ったことはあるだろう。それが叶うのは、素敵な世界と思わざるを得ない。

靑詞とて例外ではない。祖母や友人。もう会えなくなってしまった多くの人達にもう一度会えると言うのは、なんと魅力的な響きだろうか。

その確かな思いと裏腹に、自分はこの世界を壊すために動かなければならない。

後ろ髪を引かれる気持ちだったが、靑詞は首を横に振り続けた。


「人類にとって……いや違うな」


靑詞は自嘲するように笑った。


「俺にとって、仮想世界は存在しちゃいけないんだ」


「………なんで……なんでっ!」


泣き叫びながらテラーは靑詞の腕を掴む。彼女はテラーであるし、自分の敵だと言うことは分かっている。でもその悲痛な叫びに罪悪感で胸が張り裂けそうだった。

だからだろうか。二人の体が激しく光り出しても靑詞は振り払うことができずにいた。

二人の光に呼応するように空から光のリングが二つ浮かび上がっていく。


「だったら、あなたもこの世界を認めさせてあげる!」


「靑詞っ‼︎」


雲瀬が慌てたように飛んで来て靑詞の顔に体当たりした。

そのまま地面に押し付けるように雲瀬は靑詞を押さえつける。


「靑詞、空を見るなっ‼︎」


「………っ」


靑詞は一瞬見えた二つのリングを見逃してはいなかった。

人間が一人通れる大きさのものが二つ。きっと、陽斗の父親のように人が二人、出てくるのだろう。

自分の大切で、もう会えなくなってしまった人たちの顔が頭によぎる。

上を見上げたくなるのを必死に堪えながら靑詞は歯噛みして起き上がり、空を見ないように自分の腕を掴むテラーを掴み返した。


「………雲瀬、やるぞ」


きっと、空から自分の記憶を基にした誰かが、二人降りてくるのだろう。

だが、もし会って仕舞えば絶対に自分はこの世界を壊せなくなる。

上を見上げたい自分の素直な気持ちに抵抗しながら飛んできた雲瀬を掴んだ。

雲瀬がパラパラと開かれていき、白紙のページに文字列が一人でに浮かび上がっていく。


「どうして……どうしてっ‼︎」


さっきから同じことを叫び続ける女の子に申し訳なさそうにしながら、靑詞は手を離さなかった。


「………大人になると、我慢することに慣れる。そして、自分の都合のためには酷いこともできるようになるんだ」


そういう靑詞の顔は、女の子以上に泣き出しそうなものだった。

何が悲しくて一度は自分も素晴らしいと思った世界を壊さないといけないのか。

上から気配が近づいてくるのを必死に無視しながら目を閉じると、ぎゅっと小さな腕を掴み続ける。


「………なんで……自分から不幸に………」


その言葉を最後に、テラーは静かに目を閉じる。

靑詞の手の中で抵抗していた力が無くなると、その小さな体は静かに横たわっていく。

跪きながらそっとその体を支えた靑詞の腕の中で、少女の体はキラキラと光の粒に変わっていき、やがて何の感触もなくなっていく。

靑詞の心の中にだけ言葉を残し、跡形も無く消え去ったテラーを確認すると、靑詞はゆっくりと立ち上がった。

そして上からの気配も何もなくなったことを理解すると、やつれた顔のままで雲瀬を力無く手放す。


「ああ……まだ終わってないんだった」


またふらふらと振り向いて歩いていくと、そこには呆然とこちらを見つめている陽斗がいる。

その顔を見るだけで、元々力の入らない靑詞の体から更に何かが抜け落ちていくような感覚があった。

自分は自分のために動いているとはいえ、こんないたいけな少年の敵になるしかできない自分が、嫌で嫌でたまらない。


「お兄ちゃん……?」


怖がるような声を出した陽斗の隣に、轟音を立てて父親が降りてくる。

その上にはアイビスが立っており、腹を踏みつけられた父はボロボロだった。


「………ぱ、パパっ!」


駆け寄ると、父は足の先から光始め、キラキラと星のような粒子と共に体が崩壊していく。

陽斗が涙まじりに駆け寄っても押さえつけるように足を乗せたままのアイビスを見て、靑詞は心が締め付けられる思いだった。

それでも自分達の為にしてくれたことだし、自分がやろうとしている事と大差無いと理解できるのも嫌だったのだが。


「やだっ!パパ!消えないでっ‼︎」


狂ったように頭を振り回しながら父に縋るが、父は最後の輝きのように光り続ける。

そして優しく大きな手を陽斗の頭に乗せた。

その動きは弱々しく、先ほどまでの動きとは似ても似つかない。

まるで死に向かう人間そのもので、靑詞は感情を抑えるように少しだけ瞼を閉じる。

それでも誤魔化しきれない感情を、靑詞は思い切り拳を握ることで堪えていた。

きっと少年は大好きな父が死んでしまった時、辛く苦しかっただろう。

自分は大人になっても辛かったのだから、子供の彼の苦しみなんて、想像もできない。

それを理解できているのに、自分は彼から父親を奪おうとしている。仮想だろうとなんだろうと、それは事実だ。

靑詞は、一度だって味わいたく無いであろう苦しみをもう一度与えるしかない自分を恨んでしまいたくなる。

だけど、ここまでして止まるわけにはいかなかった。


「大丈夫、言っただろう?パパは、いつだって……いつまでだって、陽斗を見守っているから」


「パパぁっ‼︎消えちゃやだ………っ‼︎」


陽斗の潤んだ叫び声に靑詞はゆっくりと目を開く。

その瞳には苦しみも罪悪感も刻まれていたが、それでも決意の光が灯っていた。

まだ動かないのは、靑詞の精一杯の気遣いだった。

仮想だろうと、現実にいる陽斗には届かないとしても、最期の言葉を邪魔する気には、どうしてもなれなかった。


「陽斗、君は強い子だ……太陽のように、優しくて、温かい………だから……」


そこまで言って全身の光は消えかけの蝋燭のように一瞬輝きを増す。

だが、その言葉は最期まで伝えられることはなかった。

アイビスの脚が静かに地面を踏み締めると、彼の体はどこにも存在していなかったかのように忽然と消えてしまっていた。


「パパ……?」


もう何も無い場所に確かめるような小さな声が響く。

もちろん返事なんてあるはずもない。

陽斗は地面を小さな手でぎゅっと捕まえるように力を入れて、体を震わせ始めた。


「うぅ……っ!」


ボロボロと大粒の涙が小さな頬を伝って落ちていく。

地面に涙の跡がついても、もうそれを拭いてくれる父親は、いない。


「うわぁぁぁぁん‼︎」


上を向いて泣き叫ぶ陽斗を見て、アイビスは無表情で何も感じないかのように足を振り上げる。


「靑詞、この世界の核を壊す」


冷酷に、そして冷静に。正しい行動を取ろうとするアイビスを見て、靑詞は心が冷えていくようだった。

自分は今にも張り裂けてしまいそうなくらい辛いのに、彼女はきっと何も感じていない。それが、とてつもなく悲しく、寂しかった。

アイビスにゆっくりと近づき、陽斗に振り下ろそうとした脚をどかすようにそっと手を当てる。


「………靑詞。まだ理解できない?仮想世界を壊さないと」


そう言われると靑詞ははぁ、とため息を吐き出した。

自分に感じている無力感と、確かに触れているはずの彼女との間にある見えない壁を感じながら。


「………わかってるよ。この世界の核を壊すんだ」


「だったら」


そう言うとアイビスはもう一度脚に力を込めるが、靑詞は首を振って足を退かした。

不審そうに睨みつけてくるアイビスから顔を背け、靑詞は陽斗に近づく。

泣きじゃくる少年の隣で地面に寂しく横たわる絵本を手に取ると、軽く砂を払うように手で表紙を撫でる。

その表紙は見たことのない絵本だ。この絵本を、陽斗がどれだけ大切にしていかも靑詞にはわからない。

だけど、それを考えると何度でも決心は揺らいでしまいそうだった。


「お前らには理解できないかもしれないな」


靑詞がポツリと呟くとアイビスは軽く首を傾げる。


「核はこの子じゃなくて、この本だよ」


アイビスは結局陽斗自身が核だと決めつけていたのだろう。

実際父親は彼を守ろうとしていたし、テラーもそうだった。そう思うのは当たり前なのかもしれない。

だけど、靑詞は人間だ。だからこそ、この世界の核が何かを理解してしまっていた。

陽斗にとって最も大切だったのは父親で間違い無いだろう。だからこそアイビスは父親を壊してしまおうとしていたのだ。

だけど、核が身を挺して陽斗を、この世界を守ろうとするのは考えにくい。

ならば陽斗自身が核なのかとも思った靑詞だったが、それも彼はすぐに否定していた。

陽斗は自分よりも、父親がくれた絵本を大切にしていたのだ。

自分よりも大切な人がくれた物の方が価値があるなんて、テラーにはまだわからないのかもしれない。

靑詞はやるせない気持ちのまま、絵本をじっと見つめる。

ありきたりなイラストとありきたりなタイトル。

でもそこに込められた父親や陽斗の想いは、どれだけ深いのだろう。

想像するだけでただの絵本が重たくなってしまう。

テラーにとってはただの絵本でありそれ以上でもそれ以下でもなかった。

でも、この絵本は大好きな父親と繋がる、大切な絆なのだ。


「君は、きっとたくさんこの絵本に助けられていたんだよな」


小さく呟いた声は泣き叫び続ける陽斗には届かない。

胸を締め付けられそうになりながらも、靑詞は絵本を開いて両手で掲げた。


「居なくなってしまった父親の代わりみたいなものだもんな」


靑詞はごめん、と呟く。

仮想世界の絵本であり、ここにいる陽斗も現実の人間ではない。あくまでこの仮想世界の核である絵本をどうしようと現実には何の影響も出ない。

でも、靑詞は謝りたくて仕方がなかった。

どうしてこんな辛いことをしないといけないのかと何度も思った気持ちがまた湧いてくるが、いくら悩んでも自分がやることは変わらない。

しっかりと絵本の両端を掴み、静かに力をこめていく。

両手を互い違いに動かしていくと、絵本は背表紙からゆっくりと破れていく。

靑詞は静かに目を閉じて、できるだけ何も考えなくて済むように唇を噛み締めながら思い切り力を強くした。

絵本は真っ二つになり、同時にどこかこの世界の色が無くなっていくような感覚に包まれる。

靑詞は黙ってそのまま絵本を破り続け、ビリビリに破かれた絵本の破片が風に舞うように捨てられていった。


「………死んじゃったお父さんから貰ったものが、何よりも大切だったんだな」


靑詞はそう言って泣き叫ぶ陽斗を撫でたくなったが、泣かせたのは他でもない自分達だと気がついて手を引っ込めた。


「………もう、終わりだろ」


それは自分が謝ってもすまないことをしてしまった、という意味だろうか。それとも自分にできることは全て終えたという意味だろうか。

靑詞自身にもわからないまま帰ろう、と力無い言葉を発すると、仮想世界が崩れ始めた。

アイビスは飛んで行った絵本を見つめながら、ゆっくりと靑詞に近づく。

疲れたように大きく肩を落とした靑詞は、終わったという達成感よりも何か喪失感に近いものを感じながら目を閉じる。

崩れ行く世界に、陽斗の鳴き声だけがいつまでも響いていた。








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