第九十八話 三文字の覚悟
慶応元年、閏五月十一日。切腹の刻限が迫るなか、半平太は静かに、しかし断固とした面持ちで牢守の番人を呼び寄せた。
「……番人殿。かねてより伝えておいた通り、わしの腹の切り方、一文字や十文字では済まさん。……三文字に裂くことに決めた」
番人は驚愕し、言葉を失った。通常の切腹は一文字に裂いたところで介錯の刀が入るのが常であり、腹を三度も裂くなど、人間の忍耐を絶した苦行に他ならない。
「武市先生、なぜそれほどまで……。十文字ならいざ知らず、三文字とは、あまりに苛烈に過ぎます」
半平太は、穏やかに微笑んだ。
「一文字一文字に、乗せねばならぬ想いがあるのだ。わしが背負うた者たちの数だけ、この腹を裂かねば、わしの誠は証明できん」
その言葉の裏で、半平太の胸には、誰にも語ったことのない、もう一つの想いがあった。
(わしは、これまで、生涯、自らの手で、人を斬ったことがなかった。……剣の腕には、誰よりも自信があった。だが、その刃を、人の命に向けることだけは、ついぞ、できなんだ)
その事実を、半平太は、この最期の刻において、ようやく、正直に、自分自身に認めていた。東洋も、井上も、本間も、目明かしどもも。すべて、他人の手を借りて、命を絶ってきた。その臆病さこそが、半平太という男の、最も深い部分にあった、拭いきれない弱さであった。
(だからこそ……。だからこそ、この最期の刃だけは、わし自身の手で、成し遂げねばならぬ)
三文字という、常人には耐えられぬ苦行を、半平太が自らに課したのは、単なる武士の矜持のためだけではなかった。生涯、逃げ続けてきた「己の手で刃を振るう」という一線を、最後の最後で、自らの命をもって、乗り越えようとする、半平太なりの、精一杯の贖いであったのである。
半平太は、検使たちが到着した際にも、自らの意思を明確に伝えた。
「わしが三文字を切り終えるまで、決して介錯の手を出さぬよう。それが、わしが望む最期の『武士の矜持』である」
一文字目で首を落とされては、想いを遂げられぬ。半平太は、自らの激痛を担保に、見届け人たちに沈黙を強いたのである。
夕闇が迫る南奉行所。半平太は真っ白な死に装束に身を包み、用意された座に着いた。その前には、白紙に包まれた鋭い短刀が置かれている。半平太はそれを静かに手に取ると、一呼吸おき、一点の迷いもなく左腹に突き立てた。
(これが、わしが、生涯かけて避け続けてきた、痛みか)
その刃の感触に、半平太は、これまでの人生で、初めて、自らの手で、命あるものに刃を突き立てるという行為の、その本当の重さを、身をもって知った。
半平太の脳裏に、あの日鏡川で浴びせられた泥水が蘇る。二百年の屈辱、郷士を虫ケらのように扱う理不尽。その怒りをすべて刃に乗せ、半平太は横一文字に腹を裂いた。噴き出す鮮血。だが、彼は眉一つ動かさず、再び刃を腹の奥へと沈めた。
二文字目の刃が走る。そこには、自らの「大義」に従って散っていった清岡道之助ら二十三士の顔があり、そして、変わり果てた姿で処刑を待つ岡田以蔵の悲鳴があった。
(……すまない。わしがおんしたちを、ここへ連れてきた。この痛みで、せめて罪を購わせてくれ)
その凄絶な光景に、検使は耐えかねたように声を震わせた。
「……もうよい、もうよいですぞ、武市殿! 見事なり、十分に見届けた!」




