第九十五話 御見付
慶応元年閏五月十一日。土佐の空は、あの日と同じように、すべてを包み隠すような深い雨に沈んでいた。
岡田以蔵ら四名の自白は、すでに隠しようのない事実として獄中に響いていた。だが、半平太は最後まで動じなかった。彼は、一連の暗殺、そして東洋殺害への関与を、頑なに、鉄の意志を持って否認し続けた。
「……証拠なきことを認めるは、武士の誠に反する」
半平太が否認し続けることは、単なる自己保身ではなかった。彼が首を縦に振らない限り、獄外で息を潜める同志たちや、勤王党に手を貸した協力者たちに、累が及ぶことはない。彼は自らの命を盾にして、土佐の「志」の種を必死に守り抜こうとしていたのである。
もはや言い逃れができぬことを、半平太自身、誰よりもよく分かっていた。だが、それでも認めるわけにはいかなかった。認めてしまえば、自分一人の罪では済まなくなる。連座の網は、外に残る同志たちのもとへ、際限なく広がっていくだろう。ならば、最後まで「知らぬ」と言い張り、すべてをこの身一つに背負って逝く。それが、半平太に残された、唯一の贖いの形であった。
業を煮やした主君・山内容堂が下したのは、「御見付」という一方的な裁きであった。証拠によらぬ罪状認定――「主君に対する不敬行為」。それが、半平太に与えられた死の理由であった。
判決が下った。盟主・武市半平太は、武士としての名誉を重んじた「切腹」。対して、自白した岡田以蔵、久松喜代馬、村田忠三郎、岡本次郎の四名は、罪人としての「斬首」。
半平太は、その報せを静かに聞いた。以蔵たちが斬首となることに、彼は深い悲しみを覚えた。
(斬首か……。以蔵。おんしには、武士の情けさえ、与えられなんだのだな)
自らの死が「切腹」という名誉ある形を許されている一方で、以蔵たちには、罪人としての「斬首」しか与えられない。その差は、半平太にとって、自分が生き延びることよりも、はるかに耐え難い不公平であった。だが、その不公平を覆す力は、もはや半平太には残されていなかった。
だが同時に、自らが否認を貫き通したことで、死刑はこの五名に留まり、他の同志九名は永牢、連累の拡大を食い止められたことに、微かな安堵を感じていた。
「……これでよい。わし一人がすべてを背負って行けば、土佐の火は消えぬ」
その言葉を口にしながら、半平太の脳裏には、富子の顔が浮かんでいた。
(富。おんしに、この報せは、もう届いておるだろうか。……わしがこの世を去ると知った時、おんしは、どのような顔をするのだろう)
半平太は、その光景を想像するだけで、胸が締め付けられた。だが同時に、富子ならばきっと、取り乱すことなく、静かにこの報せを受け止めるだろうという確信もあった。それが、半平太にとって、唯一の救いであった。
(おんしがいてくれたからこそ、わしはここまで歩いてこられた。……この最期の刻まで、おんしに恥じぬ武士でありたい)
その頃、隣の房で判決の報せを聞いた以蔵は、ただ静かに、天井を見上げていた。斬首という言葉に、以蔵の心はもはや大きく動じなかった。すでに、その心の大半は、遠い場所へと引き上げてしまっていたからである。




