第八十五話 牢番たちの心
文久三年、高知。半平太が捕らえられ、冷たい土牢に繋がれてから数ヶ月が経っていた。
本来、罪人にとって地獄であるはずの獄舎は、半平太という一人の男の「徳」によって、奇妙な平穏と、人間味あふれる交流の場へと変貌しつつあった。
半平太は獄中にあっても、自らを律する姿勢を崩さなかった。だが、その峻烈な正義の裏で、彼は驚くほど細やかな気遣いを周囲に振りまいた。
「富。わしの様子を見に来る牢番衆には、酒や肴などを振る舞ってやってくれ。彼らも職務でここにいるのだ。決して邪険にしてはならんぞ」
獄中から届いた手紙には、留守を守る妻へのそんな指示が記されていた。半平太の高潔さと、自分たちのような身分の低い者をも「一人の人間」として敬う態度に、当初は厳しかった牢番たちも、一人、また一人と心服していった。
「武市先生、今日は初鰹が手に入りましたき。食べてつかあさい」
「先生、ネズミがうるさかろうと思って、猫を連れてきました。それと、季節の花も……」
いつしか牢番たちは、競うように半平太へ差し入れを届けるようになった。酒、かまぼこ、鰹、菓子、さらには煙草。殺風景な獄舎には、季節の花が活けられ、ネズミ対策の猫や蛍までもが持ち込まれた。
ある牢番は、半平太の顔を見るたびに、自分が飼っている鶏の話を延々と聞かせるようになった。「先生、うちの鶏がまた卵を産みましてな。今度お持ちしますき」と、まるで幼馴染にでも話すような気安さで語りかける。もとは武市半平太を「罪人」として恐る恐る扱っていたはずのこの男が、いつしか半平太の反応の薄さも気にせず、一方的に世間話を続けるようになっていた。半平太は、その鶏の卵の話を、もう五回は同じ内容で聞かされていたが、律儀に「ほう、それは重畳」と相槌を打ち続けていた。
格子越しに交わされる言葉は、罪人と番人のそれではなく、師と門弟、あるいは旧知の友人のような温かさを帯びていた。この牢番たちの心服こそが、半平太の命綱となった。彼らの手引きにより、富子や姉、そして生き残った同志たちとの間で、秘密裏の往復書簡が可能になったのである。半平太は暗い灯の下で、富子の無事を祈り、土佐の行く末を案じる手紙を書き続けた。




