第八十話 斬ってくれんか
七卿落ちの報せから数日、京都、そして土佐の同志たちの間には、かつてない動揺が広がっていた。虎太郎の戦死、収二郎の切腹、そして長州の敗走。瑞山が育ててきた者たちが、次々と、その命を散らしていく。それでいて、瑞山一人だけは、いまだ「上士」という虚飾を纏ったまま、生き残り続けている。その矛盾が、瑞山自身の心を、日に日に、深く蝕んでいった。
ある夜、瑞山は、傍らに控える以蔵に、静かに、しかし、はっきりとした声で告げた。
「以蔵。……わしを、斬ってくれんか」
その言葉に、以蔵は、大きく目を見開いた。
「先生……。何を、仰るがですか」
「虎太郎も、収二郎たちも、死んだ。長州の者たちも、多くが命を落とした。……それなのに、わしだけが、こうして、生き恥を晒しておる。もはや、わしに、生きておる価値などない」
瑞山の声には、これまでにない、深い絶望が滲んでいた。
「以蔵。……わしらは、どこで間違えたのだ」
その問いに、以蔵は、しばらくの間、答えることができなかった。だが、やがて、静かに、しかし、揺るぎない声で、こう告げた。
「……先生。わしは、人を守るために刀を使えと、そう教わったがです」
瑞山は、一瞬、怪訝そうに、以蔵を見た。
「……わしが、そう申したか」
「いいえ。先生ではございません。……勝先生に、そう教わりました」
その答えに、瑞山は、深く、静かに、目を伏せた。かつて、以蔵を勝海舟に貸し出したあの夜のことが、瑞山の脳裏に、鮮やかに蘇る。あの時、瑞山は、龍馬に器の小ささを見せまいと、その申し出を、鷹揚に受け入れた。だが、その決断が、今、こうして、自分自身の命を、以蔵の刃から守る形で、巡り巡って返ってきているのである。
(勝……。おんしの言葉が、今、わしを、生かしておるのか)
その皮肉な巡り合わせに、瑞山は、笑うことも、泣くこともできなかった。ただ、静かに、その事実を、受け止めるしかなかった。
「先生を斬ることは、できません。……先生は、まだ、死ぬわけには、いかんがです」
以蔵の言葉に、瑞山は、それ以上、何も言うことができなかった。ただ、その場に、崩れ落ちるようにして座り込み、両の手で、顔を覆った。
(虎太郎……。収二郎たちも……。おんしらが育てた者たちが、次々と、命を落としていく中で、わしだけが……。わしだけが、なぜ、まだ、この命を、繋いでおるのだ)
その自問に、瑞山は、答えを見出すことができなかった。京都、そして土佐の夜は、瑞山の慟哭を、ただ静かに、冷たく、包み込んでいくばかりであった。




