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第七十九話 七卿落ち

 文久三年、八月十八日。その日の未明、京都の空には不気味な静寂がたれ込めていた。

この頃の朝廷は、長州藩と結んだ急進的な尊王攘夷派の公卿たち――三条実美をはじめとする面々によって、事実上牛耳られていた。彼らは孝明天皇の名を掲げ、幕府に対し「攘夷決行の期限」までも強引に約束させていた。だが、その実、天皇御自身は、この過激な急進派のやり方に、内心では強い不快感を抱いておられた。天皇は本来、幕府との調和を重んじる穏健な御方であり、長州や急進派の公卿たちが自分の名を利用して過激な政治工作を進めることに、辟易しておられたのである。

この天皇の内心を汲み取り、水面下で工作を進めたのが、会津藩主・松平容保と、朝廷内の公武合体派の重鎮・中川宮であった。彼らは薩摩藩とも密かに手を結び、天皇の勅許を得た上で、電撃的なクーデターを決行する。

長州藩と、それに結びついた急進派の公卿たちを、朝廷の中枢から実力で排除する。それが、この夜、京都で起ころうとしていたことであった。

千年の都では、日本の背骨をへし折るような巨大な権力工作が、人知れず完遂されようとしていた。

午前四時。禁門が突如として閉鎖された。

「何事だ! 門を開けろ!」

駆けつけた長州藩兵たちの前に立ちはだかったのは、昨日まで沈黙を守っていたはずの会津藩の精鋭、そして驚くべきことに、かつての盟友であったはずの薩摩藩の兵たちであった。

これこそが、山内容堂が江戸で酒を酌み交わしながら予見し、そして望んでいた「公武合体」による大逆転劇であった。

朝廷内では、中川宮を中心に、長州派の公卿を追放する反乱が断行された。三条実美ら七人の公卿は、土砂降りの雨の中、官位を剥奪され、都を追われる「七卿落ち」の屈辱にまみれることとなった。長州という一藩が、これまで積み上げてきた朝廷内での発言力を、この一夜で完全に失った瞬間であった。

「……長州が、負けた?」

高知の藩邸でその報せを受け取った瑞山は、手に持っていた筆を、乾いた音とともに畳に落とした。それは単なる勢力争いの敗北ではない。瑞山が「柳川左門」として心血を注ぎ、長州や公卿たちと編み上げてきた「尊王攘夷」という巨大な錦の旗が、泥にまみれて引き裂かれたことを意味していた。

「……どうなっておるのだ」

瑞山は、報告を持ってきた使者に、詰め寄るように問い質した。その声には、これまでの盟主としての落ち着きが、微塵も見られなかった。

「長州は……。長州は、これから、どうなる。京から、完全に追い出されたということか」

「はっ。三条実美様をはじめとする公卿方は、長州へと落ち延びられたと。長州藩兵も、京都からの撤退を余儀なくされております」

「久坂殿は。……久坂殿は、無事なのか」

瑞山の問いに、使者は、困惑したように首を振った。

「そこまでは、まだ、詳しい報せが……」

瑞山は、その場に立ち尽くしたまま、しばらくの間、言葉を失っていた。

(久坂殿……。おんしは、無事でおるのか。長州という後ろ盾を失った今、おんし自身も、朝敵として追われる身になったのではないか)

その不安が、瑞山の胸を、鋭く締め付けた。だが、それ以上に、瑞山を苛んでいたのは、もう一つの、より切迫した問いであった。

(土佐は……。土佐は、これから、どう動けばよい)

長州と組んで築き上げてきた三藩連合の構想は、この一夜で、根底から崩れ去った。会津・薩摩が主導する「公武合体」の潮流が、これから天下を覆っていくのだとすれば、尊王攘夷を掲げてきた土佐勤王党は、これから、どのような立場に立たされるのか。

(このまま、何もせずにおれば、土佐もまた、長州と同じように、朝敵の烙印を押されかねぬ。……いや、それ以前に、わしら自身が、時代に置いていかれる)

瑞山の脳裏には、次から次へと、様々な思案が、渦を巻くように駆け巡っていた。だが、その思案のどれもが、明確な答えには至らなかった。これまで、瑞山が信じて疑わなかった「尊王攘夷」という道筋そのものが、今、大きく揺らぎ始めていたのである。

(久坂殿……。おんしの申していた通りであったのか。わしが京の都で積み上げてきたものは、この一夜で、すべて水泡に帰したというのか)

瑞山の脳裏に、木屋町の夜、久坂と杯を交わしながら語り合った、あの熱い理想の日々が蘇る。「尊王攘夷」という四文字が、まだ何者にも汚されていなかった頃の記憶であった。

「ははは……! 愉快、愉快よのう」

高知城の奥深く、山内容堂は美酒を喉に流し込みながら、喉を鳴らして笑った。容堂にとって、この政変は自分が描いた絵図そのものであった。瑞山を「上士」に引き立て、江戸で七度も謁見し、慈愛を見せたのは、すべてはこの瞬間のためであったのだ。

(東洋よ、見ておるか。おんしを殺した男の錦の旗が、たった一夜で泥に塗れる様を)

容堂の胸には、暗い愉悦とともに、東洋への語りかけが去来していた。この数年、容堂の心を蝕み続けてきたのは、瑞山への憎悪だけではない。東洋という、たった一人の理解者を失った後の、埋めようのない孤独であった。その孤独を癒す唯一の方法が、瑞山の築いたものを、瑞山自身の目の前で、一つ一つ崩し去っていくことであった。

(武市。おんしは、わしを「殿」と呼び、忠義を尽くしていると信じておったろう。だが、わしがおんしに与えたのは、慈愛などではない。おんしがどこまで登り、どこで落ちるか、それを見届けるための、長い長い舞台であったのだ)

容堂は、手にした杯を静かに掲げ、誰もいない虚空に向けて掲げるような仕草をした。それは東洋への手向けであり、同時に、瑞山という男への、勝利の乾杯でもあった。

長州という後ろ盾を失い、朝廷という錦の御旗を奪われた土佐勤王党は、今やただの「不逞浪士の集団」に成り下がった。容堂が瑞山に与えていた「柳川左門」という仮面は、もはや剥ぎ取る必要さえない。それは今や、瑞山の首を絞めるための、美しくも無残な「死に装束」へと変わっていた。

容堂は、その事実を、はっきりと、噛み締めるように、胸の内で繰り返した。

(……よーし。これで、武市は、用済みじゃ)

これまで、瑞山という男を、殺すには惜しい、まだ使い倒せる駒として、容堂は、その処断を、密かに先延ばしにしてきた。朝廷や長州との橋渡し役として、瑞山の存在は、確かに、容堂にとって、便利なものであった。だが、その利用価値の源であった長州が、この一夜で、京都から完全に追放されてしまった今、瑞山という男に、もはや、何の価値が残っているというのか。

(長州という後ろ盾を失うた武市に、もはや、朝廷への影響力など、何一つ残ってはおらぬ。……あやつは、ただの、目障りな郷士に戻っただけのことよ)

その考えが、容堂の中で、これまでの打算的な天秤を、明確に、片方へと傾けさせた。殺すことを躊躇わせていた「利用価値」という重しが、この夜、完全に消え失せたのである。

(武市。おんしの値打ちは、これで、終わりじゃ。……あとは、いつ、どのような形で、おんしを断罪するか、それだけを、考えればよい)

容堂の口元に、これまでとは違う種類の、冷たい笑みが浮かんだ。それは、もはや、憎悪と打算の間で揺れる笑みではなく、明確な処断への、静かな確信に満ちた笑みであった。

「武市。おんしは、わしが酔うておると思うたか。……醒めておるわ。誰よりも、冷徹にな」

容堂の瞳は、酔いどれのそれではなく、獲物を完全に追い詰めた虎の如く、冴え冴えと輝いていた。その瞳の奥には、勝利の高揚と同じだけの、深い虚しさもまた、静かに滲んでいた。東洋を失った穴は、瑞山を追い詰めたところで、決して埋まりはしないのだということを、容堂自身、うっすらと気づき始めていたのかもしれない。

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