第七十四話 なぜ待てなんだ
藩邸の奥、平井収二郎たちが罪人として土佐へ引き立てられていった後の静寂の中で、瑞山はただ一人、蹲っていた。
柳川左門としての気高い装束も、上士という重い肩書きも、今の彼には自分を締め付ける枷でしかなかった。瑞山は、震える手で畳を掴み、誰もいない闇に向かって、絞り出すような声を漏らした。
「……収二郎。なぜ、待てんかった」
喉の奥からせり上がる悔恨が、言葉となって溢れ出す。
「なぜ、わしが江戸から戻るまで、待ってくれなんだ。わしが戻れば、殿に筋道を通して、正しき形で藩を動かせたものを……。おんしたちが、あんな危うい橋を渡らずとも済んだものを」
瑞山の脳裏には、高知の道場で共に汗を流し、未来を語り合った若き日の収二郎の笑顔が浮かんでいた。入門したばかりの頃、まだ竹刀の握り方もぎこちなかった収二郎に、稽古をつけてやった夏の日。あの頃の収二郎は、瑞山の一挙手一投足を、まるで神仏でも仰ぐような目で見つめていた。瑞山にとって、彼らは単なる部下ではない。自分の理想を共有し、背中を預けてきた弟分であり、友であった。
(あの頃のわしは、まだ道場の中だけの「先生」であった。それが、今はどうだ。柳川左門などという大層な名を背負い、いつしか道場の外の世界にばかり目を向けるようになっていた)
だが、瑞山のその「嘆き」は、もはや同志たちの心には届かない場所にいた。瑞山は信じていた。自分が江戸で容堂公と七回まみえ、心を通わせたと。自分が「上士」として藩の中枢に入れば、土佐勤王党の悲願は、藩そのものの意思として昇華されるのだと。
しかし、収二郎たちは見ていたのだ。江戸で「柳川左門」という虚飾に酔いしれ、容堂の掌の上で悦に入っている師の姿を。彼らは、瑞山が「上士」という檻に取り込まれていくことに、耐え難い恐怖を感じていた。だからこそ、焦った。瑞山が「向こう側」へ行ってしまう前に、自分たちの手で既成事実を作らねばならないと、追い詰められていたのである。
「……収二郎。おんしの忠義は、あまりに短慮であった。だが……」
瑞山は言葉を飲み込んだ。彼らをそこまで追い詰めたのは、自分自身の「遅すぎた帰還」ではなかったか。あるいは、自分が手に入れた名誉という名の「光」が、足元で泥を這う同志たちの「影」を、あまりに深く濃くしてしまったせいではないのか。
(わしは、殿にばかり目を向けすぎていたのかもしれぬ。……足元の、この者たちの焦りに、気づいてやれなんだ)
その自覚は、瑞山の胸に、これまでにない重さで沈み込んでいった。だが、その悔恨の底から、瑞山は、すぐに、一つの希望を、必死に掴み取ろうとしていた。
(大丈夫だ。……まだ、遅くはない。わしが、殿に、直に、話をすればよいのだ)
その考えが、瑞山の胸に、静かな光として灯った。
(わしがこれまで積み重ねてきた忠義、そして殿との、あの深い心の交流。それを思えば、殿は必ず、わしの言葉に耳を傾けてくださるはずだ。収二郎たちの短慮を、わしが、しかと詫び、彼らの若さゆえの過ちを、どうか、お許しくださいと。……そうすれば、殿は、きっと、この者たちを、釈放してくださるに違いない)
その確信は、瑞山にとって、もはや疑う余地のない、揺るぎない希望であった。これまで容堂が自分に示してきた「慈愛」を、瑞山は、一片の疑いもなく、信じ続けていたのである。
(急がねば。一刻も早く、殿の御前に参上し、この命に代えても、収二郎たちの助命を、嘆願せねばならぬ)
その決意を胸に、瑞山は、震える膝を、ゆっくりと立て直した。だが、この時の瑞山には、まだ知る由もなかった。その希望が、いかに脆く、いかに現実からかけ離れたものであるかを。




