第四十九話 温かさの正体
天誅の嵐は、止むことを知らなかった。それどころか、一人の命を奪うたびに、瑞山の振るう知略はより研ぎ澄まされ、以蔵の振るう刃はより深く、正確に肉を裂くようになっていった。
三条木屋町の寓居には、今宵も血の報せが届く。
「先生。今度は、猿の目明かし共が嗅ぎ回っております。あやつら、土佐の志士を捕らえては幕府へ売り飛ばそうと……」
収二郎が、苦い表情で報告する。その声には、かつての理想に燃えた輝きよりも、どす黒い情勢に足を取られた焦燥が混じっていた。
瑞山は、磨り上げたばかりの墨に筆を浸し、白紙の上にさらさらと、呪詛のような美しい文字を並べた。
「……目明かし。それは、殿の御威光を遮る闇の羽虫よ。羽虫が群れれば、天下の道は濁る。……おらぬ方が、世のためではないか」
その言葉が、まだ喉の奥にあるうちに、影が動いた。以蔵だ。あやつはもはや、瑞山が言葉を最後まで紡ぐのを待つことさえしなかった。瑞山の溜息、指先の微かな動き、そのすべてを殺しの合図として受け取っていた。
(わしはもう、言葉すら要らぬのか。ただ息を吐くだけで、人が死んでいく)
その事実に気づいた瞬間、瑞山の背筋を、冷たいものが伝った。だがそれは、以蔵を止める言葉にはならなかった。
「……あいつら、わしが一人残らず、鴨川の餌にしてやりますき」
以蔵は、使い古された刀を抜き、行灯の火にかざした。刃こぼれを研ぎ直したばかりの鋼が、妖しく瑞山の顔を照らし出す。以蔵の瞳は、もはや光を反射しない。ただ、底なしの闇が、瑞山の望む「敵」を求めて飢えていた。
その後ろ姿を見送りながら、瑞山は、密かに、拳を強く握りしめていた。
(また、一人。……わしの言葉一つで、また、一人の命が消える)
表向きは平然としているように見せながら、瑞山の胸の内は、そのたびに、深く抉られていた。剣を交えて人と斬り合うのとは、まるで違う種類の痛みが、そこにはあった。自らの手を汚さぬまま、他人の手を借りて人を葬る。その卑劣さへの罪悪感が、瑞山の心を、日に日に、静かに蝕んでいたのである。
その夜、寓居に一人残された瑞山は、行灯の灯りの下、震える手で、密かに数珠を取り出した。それは、土佐を発つ際、富子が持たせてくれた、亡き両親の形見であった。
(父上、母上……。わしは今、これほどまでに、多くの人の命を、この手で奪わせております。あなた方が、今のわしを見れば、何と仰るでしょうか)
瑞山は、その数珠を握りしめ、しばらくの間、目を閉じて、静かに祈った。それは、殺めた者たちへの弔いであると同時に、自分自身の魂が、これ以上、壊れてしまわぬようにという、切実な祈りでもあった。
だが、その祈りも、朝が来れば、また新たな「不浄」の名を、瑞山の口から紡がせることになる。その矛盾を抱えたまま、瑞山は、この京の闇の中を、なおも歩み続けなければならなかった。




