第四十七話 不浄という言葉
文久二年の秋、京都の街は日が落ちると同時に、生温かい血の匂いを孕んだ「死の都」へと姿を変えた。鴨川の河原には、昨夜まで野心を語り合っていた男たちの首が、無惨な晒し台の上で虚ろな目を剥き、霜に打たれている。それは「天誅」という名の、法も理屈も通用せぬ狂気の審判であった。
三条木屋町の寓居。武市半平太は、行灯の火で真っ赤に染まった指先で、静かに墨を磨っていた。その傍らには、何人もの「標的」の名が記された密書が置かれている。
(一刻も早く、土佐に帰りたい。富の顔が見たい。……だが、この京での仕事を片付けねば、帰るに帰れぬ)
その焦りが、半平太の判断を、日に日に、性急なものへと変えていた。本来ならば、こうした「標的」一人ひとりについて、じっくりと話し合い、他の同志たちの意見も聞いた上で、慎重に判断すべきであった。だが、今の半平太には、そんな悠長な時間はなかった。話し合いを重ねるうちに、京での仕事は、いつまでも終わらない。土佐で待つ富子の元へ帰る日も、際限なく遠のいていく。
(言葉を尽くして説き伏せるより、いっそ、一言で片付けてしまう方が、早い)
その安易な発想が、半平太に「不浄」という便利な言葉を、選ばせていたのかもしれなかった。
「……先生。今宵の風は、よう斬れそうです」
闇のなかから、粘りつくような声がした。岡田以蔵である。そこに座っているのは、もはや土佐の道場で爽やかな汗を流していた門生ではない。返り血を浴び、その鉄の匂いを吸い込むたびに、魂の輪郭を失い、瑞山が振るう「最強の刃」へと変貌を遂げた化け物であった。
半平太は筆を止め、濡れたような瞳を以蔵に向けた。その口調は、慈父が子に言い聞かせるように穏やかで、それゆえに酷薄であった。
「以蔵。……この本間という男、誠に才ある男だ。だが、あやつが薩長の間を飛び回り、小賢しい策を弄するたび、我が土佐の道は塞がれ、江戸の殿の御心は濁っていく。あやつがこの世におらねば、どれほど土佐の空は清らかになるだろうか。……存在そのものが、この国の『不浄』なのだ」
(不浄――。この言葉さえあれば、わしは剣を抜かずとも、以蔵を動かせる。……そして、この一件が片付けば、また一つ、土佐へ帰る日が近づく)
半平太は、自分がまたひとつ、新しい言葉を作り出したことに、内心でかすかな安堵を覚えていた。刃を握り、己の腕で人を斬るのだと想像するだけで、いまだに掌の奥がひやりと冷える。その冷たさから目を逸らすための言葉を、彼はいくらでも持っていた。
「不浄、ですか」
以蔵が低く笑う。その瞳には、善悪の判断など存在しない。ただ、師が「不浄」と呼んだものを削ぎ落とす、破壊の衝動だけが渦巻いていた。
「わかりました。先生が『いらん』と言うた枝は、わしが一人残らず、根元からへし折ってきますき」
以蔵は腰の刀を引き寄せると、音もなく闇へと消えた。




