第四十六話 断る理由
収二郎は、宴もたけなわとなった頃、如才ない笑みを浮かべながら、半平太と以蔵、それぞれの傍らに、若い女を呼び寄せた。
「武市さん、以蔵。今宵は、堅苦しいことは抜きにして、ゆるりと楽しみなされ。……この子らも、選りすぐりの妓ぜよ」
以蔵は、戸惑ったように、傍らに座った女を見つめていた。だが、収二郎に促されるまま、酒を注がれ、ぎこちなく杯を重ねていく。以蔵にとって、これまで女という存在は、剣の道とは無縁の、遠いものであった。それでも、今宵ばかりは、その場の空気に流されるように、少しずつ、酒に酔い始めていた。
一方、半平太の傍らに座った女は、白い手を、そっと半平太の膝に置こうとした。
「……お許しください」
半平太は、静かに、しかし断固として、その手を優しく押しとどめた。
「せっかくのお心遣い、ありがたく存じます。……ですが、私には、妻がおります。妻に申し立てのできぬことは、この身には、できませぬ」
その言葉に、女は、驚いたように目を丸くした。
「まあ……。武市様は、律儀なお方どすなあ。京の男衆は、皆、妻子のことなど、都に来た途端、忘れてしまわはりますのに」
「わしは、忘れられぬ性分でしてな。……不器用者ゆえ、ご容赦を」
半平太は、少し照れたように、そう答えた。女は、その様子を、しばらくの間、じっと見つめていたが、やがて、どこか羨ましそうな、そして温かい微笑みを浮かべた。
「……奥様が、羨ましゅうございますなあ。これほどまでに、大事にされて」
その一言に、半平太は、少し面食らったように、目を瞬かせた。
「大事に、というほどのことでもござらん。ただ、当たり前のことをしておるだけです」
「その『当たり前』を、貫き通せるお方は、なかなかおられません」
女は、そう言って、静かに微笑むと、それ以上は何も言わず、静かに座を外した。半平太は、その後ろ姿を見送りながら、ふと、富子の顔を思い浮かべた。
(富。京の妓に、そこまで言わせるとは、おんしは、わしにとって、どれほどの女子であるか、改めて思い知らされたわ)
その夜、以蔵は、収二郎に促されるまま、酒の酔いに任せて、あてがわれた女と、夜を共にすることとなった。だが、半平太は、最後まで、その誘いに応じることはなかった。二人の対照的な一夜が、木屋町の闇の中で、静かに更けていったのである。




