第四十五話 花の香りは似合わぬ
京都の夜は、木屋町の川沿いに灯る提灯の明かりで、妖しくも華やかに彩られていた。
寓居での激務が一段落したある夜、平井収二郎や小原与一郎らが半平太の元へやってきた。
「武市さん、今夜あたり、たまには羽を伸ばしに繰り出しませんか。京の女の情けを知るのも、国事周旋のうちですよ」
収二郎が茶目っ気たっぷりに笑う。普段なら「そんな暇はない」と一蹴するところだが、連日の張り詰めた空気も相まって、半平太は珍しく小さく頷いた。
「……ふむ。たまには、おんしたちの付き合いも必要か」
一行が向かった料亭には、芳醇な酒の香りが漂い、三味線の音が華やかに響いていた。志士たちが馴染みの芸妓を侍らせ、死と隣り合わせの日常を忘れるかのように女の肌の温もりに耽溺する中、宴の中心にいるはずの半平太は、居心地が悪そうに背筋を伸ばしたままだった。
香の匂いを纏った美しい女が、しなだれかかるようにして酒を注ごうとした瞬間、半平太は微かに眉をひそめ、丁寧ながらもはっきりとした仕草で距離を置いた。
(……富はどうしているだろうか。今頃は一人、あの静かな仏間で祈っているのではないか)
喧騒の中で、半平太の心は高知の古い自宅へと飛んでいた。京の豪華な衣装を纏った女たちの肌よりも、瑞山の脳裏に浮かぶのは、質素な木綿の着物を着て、黙々と針仕事をする富子の、白く細い指先であった。
(それに――)
半平太の胸の奥には、もう一つ、決して誰にも言えない思いがあった。女という生き物を前にすると、剣を構えるときとはまるで違う種類の緊張が、体の芯を強張らせる。それは慎み深さというより、むしろ、この華やかな駆け引きの作法をまるで知らぬ、不器用な己への恐れに近かった。
(わしは、剣であれば、恐れを知らぬ男でいられる。だが、これは――)
半平太は、その正体のわからぬ緊張から逃げるように、目の前の酒に視線を落とした。
江戸で求めた、鼈甲の髪留め。職人が丹精込めて磨き上げた、飴色の奥深い輝き。それを贈った時の、富子の照れたような、それでいて自分を慈しむような深い笑顔が、暗闇を照らす灯火のように半平太の胸を温める。
「英雄色を好む」と嘯き、艶福を競い合う志士たちの輪の中で、半平太の潔癖なまでの誠実は、ある種の異様ささえ放っていた。彼にとって、己の心と体を許すべき相手は、あの鼈甲の輝きが最も似合う、土佐で帰りを待つ妻ただ一人であった。
「少し風に当たってくる」




