第二十四話 正月の屈辱
土佐の郷士にとって、正月さえも屈辱の舞台であった。一年の始まり、郷士たちは「白札」であっても、上士の屋敷へ年賀の挨拶に赴かねばならない。だが、彼らが通されるのは玄関ではない。裏門から勝手口へ回り、冷え切った板間の隅で、上士の家の丁稚や下男に蔑まれながら、主が出てくるのを何時間も待つのだ。
「瑞山様、もうこれくらいで……」
若き日の瑞山と共に門前で待たされていた同志が、屈辱に震え、拳を握りしめたことがあった。上士の家の子供が、遊び半分に郷士の刀を指差し、「竹光ではないのか」と笑いながら泥を投げつけてきた時だ。
瑞山は、泥を浴びた袴のまま、ただ静かに前を見据えていた。
「……待て。ここで怒れば、我らはただの野犬になる。わしらは、土佐を変えるために、まず己を殺さねばならぬのだ」
瑞山の声は、凍てつくように静かだった。だが、その爪は掌に深く食い込み、血が滲んでいた。彼は、自分の代でこの連鎖を断ち切るために、あえて誰よりも深く平伏し、上士たちの傲慢さをその目に焼き付けていたのである。
長い待ち時間の合間、傍らの同志が、寒さに震えながらぼそりと漏らした。
「瑞山様は、こういう時、何を考えて耐えておいでですか」
瑞山は、少し考えてから、ぼそりと答えた。
「……頭の中で、道端に咲く花の絵を描いておる」
「……花の絵、でございますか」
「怒りに任せて刀に手をかけそうになった時は、腹の中で、薊やら、蒲公英やらを、一枚一枚、丁寧に描くのだ。……そうすると、なぜか、少し落ち着く」
同志は、しばし呆気に取られていたが、やがて、寒さと屈辱の中で、思わず小さく笑った。
「瑞山様、それは、真面目に仰っておられるのですか」
「真面目に決まっておろう。この寒空の下、他に何を思えと言うのじゃ」
その一言で、張り詰めていた場の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。凍える板間の隅で、屈辱に耐えていたはずの同志たちの間に、束の間の、ささやかな笑みが浮かんだ。
(この笑いが、わしらを野犬にせずに済ませてくれる。……怒りだけでは、人は保てぬものだ)
瑞山は、内心でそう思いながら、なおも上士が現れるのを、静かに待ち続けた。その表情には、屈辱と、それでも失われない、どこか人間らしい温かさが、同居していたのである。




