第十六話 草莽崛起(そうもうくっき)
文久元年四月。初夏の陽光が鏡川の水面を揺らす頃、半平太は再び土佐を立った。名目は「剣術修行」――だが、その懐には大石弥太郎からの密やかな招請状が収められていた。
七月、蝉時雨の降り注ぐ江戸・築地。半平太を待っていたのは、かつてない熱量を持った若き異才たちであった。長州の桂小五郎、久坂玄瑞、高杉晋作。薩摩の樺山三円。各藩の「攘夷」の精鋭たちが、身分の垣根を越え、半平太の元に集った。
久坂玄瑞は、久しぶりに顔を合わせた武市を見て、内心でひとつの手応えを感じていた。
(この男、以前会うたときよりも、さらに「熱」を溜め込んでおる。……武市よ、おんしの熱を、もう一段深く焚きつけてやろう)
「武市殿。もはや、藩が動くのを待つ時ではありません。名もなき我ら『草莽』が、志一つで立ち上がる。それこそが、この国を救う唯一の道です」
それは、久坂の師・吉田松陰が遺した「草莽崛起」の思想であった。門閥や家柄に縛られ、泥を舐めてきた土佐の郷士たちにとって、これほどまでに救いとなる言葉があるだろうか。
「……草莽崛起、か」
半平太は、江戸の熱い風に目を細めた。高潔な志さえあれば、身分は関係ない。その峻烈な理論は、半平太の中でくすぶっていた怨念を、清冽な「正義」へと昇華させていった。
(草莽――名もなき者たちか。わしもまた、その一人だ)
胸の高鳴りを覚えながらも、半平太の頭の片隅では、もう一つの、冷静な声が静かに働いていた。
(久坂殿の言葉は、確かに正しい。……じゃが、わしが目指す道は、久坂殿とは、少し違うのやもしれぬ)
長州の若者たちは、藩を見限り、脱藩してでも個人として立ち上がろうとしている。その覚悟には、心を打たれるものがある。だが、半平太が思い描く道は、それとは異なっていた。
(わしが欲しいのは、名もなき一個人としての義挙ではない。土佐という藩そのものを、丸ごと一つにまとめ上げ、殿に、わしらの誠をお認めいただくことじゃ。郷士と上士が心を一つにし、藩として勤王の道を進む。それこそが、わしの描く、真の「攘夷」の姿よ)
半平太にとって、脱藩は最後の手段であり、決して最初に選ぶべき道ではなかった。土佐という藩の枠組みを内側から動かし、主君・容堂を「天下の忠臣」として押し上げることこそが、彼の思い描く理想であった。
(久坂殿の「草莽」は、あくまで、わしの中の熱を焚きつける火種として使わせてもらう。じゃが、その火を、どう燃やすかは、わしが決める)
その冷静さと熱狂が、半平太の胸の内で、分かちがたく同居していた。この頃から、半平太は好んで「瑞山」の号を公に使い始めた。瑞々しく、動かぬ山の如き志。彼はもはや、単なる「武市の若旦那」でも「士学館の塾頭」でもない。天下の志士たちを束ねる一派の「盟主」としての自覚を、その名に刻んだのである。




