第百三話(エピローグ三話)誤りであった
式典が終わり、九段坂上に位置する洋食店「富士見軒」で開かれた直会の席。そこには、かつての恩讐を越え、維新を生き抜いた土佐の男たちが顔を揃えていた。
会場に漂う料理の香りと酒の気配。しかし、一同の心に去来するのは、二十六年前の土佐を包んでいた、あの血と泥の混じった記憶であった。
座の中心にいた板垣退助が、静かに杯を置いた。板垣にとって、武市半平太は単なる同志ではなく、遠い縁戚にあたる血縁でもあった。彼は、半平太への詮議が最も激しかったあの頃、狂おしいまでの焦燥の中にいた。半平太を救おうと藩庁に働きかけたが、聞き入れられるどころか、「不念の儀あり」と讒言を受け、職を奪われた。江戸へ軍学修行の名目で遠避けられ、無念の思いを抱えながら、遠き空の下で半平太の訃報を聞いた日のことは、今も胸に深く刻まれている。
板垣は、同席していた後藤象二郎や富子の方へ向き直ると、重く、震える声で切り出した。
「当時の経緯は、種々あったとはいえ……」
その場にいた全員の視線が板垣に集まる。彼は一言一句を噛み締めるように続けた。
「土佐藩が半平太先生を殺したあの処断は、日本における大きな損失であり、洵に誤りであったと断言できる」
その言葉が投げかけられた瞬間、室内の空気が一変した。誰よりも半平太を憎み、拷問を指揮し、処刑へと追い詰めた当の本人である後藤象二郎。彼はかつての鋭すぎる眼光を伏せ、深く、重く頷いた。
「左様……。全くだ。返す言葉もない」
その一言は、これまで誰も公には口にできなかった「真実」であった。藩を守るために斬った者。主君の命に従って手を汚した者。そして、ただひたすらに耐え忍んできた遺族。立場は違えど、全員が「武市半平太という巨星を失った」という消えない傷を抱えていたのだ。
当時の藩庁側の事情も、勤王側の熱情も、そして身内としての情愛も、そのすべてを知り尽くしている板垣。彼だからこそ発することができた、魂の告白であった。
もし、半平太の魂が、この場のどこかから、この光景を見下ろしていたとしたら――彼は、きっと苦笑いを浮かべていたに違いない。
(後藤よ。おんしが、そのような殊勝な顔をするとはな。……あの頃のおんしなら、決して口にせなんだ言葉だ)
生前の半平太であれば、この懺悔を素直に受け取ることができたかどうか、それは分からない。あまりに遅すぎる謝罪だと、心のどこかで、なお苦い思いを抱いたかもしれない。だが、それでもなお、半平太という男は、こういう不器用な形の詫びを、決して無下にはしない性分であった。




