ストーキングはデートではない1
今日は雑用も戦闘もなし、カフェのバイトも休み。
久しぶりの完全オフだ。
気分が浮かれて足が向かったのは、街で話題のスイーツカフェ。
ふわっふわのパンケーキが売りの店で、前から気になっていた場所だ。
──何を隠そう、俺は甘党である。
店の前には三組ほどの列。
まぁ、これくらいなら許容範囲だろう。
客層は女性同士かカップルばかりで、少しだけ場違いな気もするけど、食べたいもんは食べたい。
よし、と気合いを入れて最後尾に並んだ──そのとき。
「奇遇ですね、トオルさん」
……思考が、止まった。
声に聞き覚えがありすぎて、ゆっくりと顔を向ける。
そこにいたのは、私服姿のグリーン。
パリッとしたシャツにニットベスト、軽めのジャケット。落ち着いた街服だけど……顔が浮いてる。
相変わらずクッソイケメンで、ムカつくな。
「……お前、なにしてんの」
「トオルさんとデートでもと思いまして。このカフェ、予約しておきました」
「は?」
「トオルさんがここを調べていたのは、以前の通信ログから把握済みです」
「……はあ?」
「三週間前、夜中の検索履歴ですね。“ふわふわ パンケーキ 独りでも入りやすい”。──可愛らしい検索で、ぜひ連れて行ってあげたいと思いまして」
絶句して顔をしかめた俺に、グリーンは満足げに微笑む。
「パンケーキ、お好きですよね。今日の限定メニューは、苺たっぷりの生クリーム添えです」
「いや、なんでそんな詳しいんだよ。てか、人の検索履歴まで覗くな」
「……いけませんか?」
「いけるわけねぇだろ」
呆れ交じりに言うと、グリーンは「ふむ」と小さく頷き、さらりとこう続けた。
「では、お詫びに。今日はすべて、私の奢りということで」
どうでしょう、と様子を伺うような目。
いつもの調子だ。だが――
「……奢り?」
「ええ。ドリンクも、デザートも、お好きなものを」
「……おかわり、可?」
「もちろん」
「……」
パンケーキ1500円。ドリンクセットでプラス600円。限定トッピング300円。
……おかわりすれば、ざっと2000円超え。
(……タダで食えるなら。まぁ、利用してやるくらいの気持ちで)
ため息ひとつついて、俺は列から抜け、グリーンの隣に並ぶ。
「……で、席どこ?」
「窓際の角席です。クッションが柔らかくて、日差しもいい感じですよ」
「……ふーん」
なんだそのデート常連カップルが選びそうな席は。
とは思いつつ、俺も相当単純だなと思う。
──まんまと“奢り”に釣られてしまった。
カフェの中は、予想通り甘ったるい香りに満ちていた。
窓際の席に腰を下ろすと、すぐに店員がメニューを持ってきた……が、その前にグリーンが手を上げて言った。
「すみません。予約時にオーダーしておいたものをお願いします。
トオルさんには、苺たっぷりのふわふわパンケーキとホットミルクティーで。
砂糖はなし、ミルク多め。僕はホットコーヒーを一つ」
「…………なんで知ってんの」
……俺がいつも飲んでるやつじゃねぇか。
どこからそんな情報を手に入れたんだ。
……いや、考えるのはやめよう。
パンケーキが来るまでの間、グリーンは黙って俺を見ていた。
喋るでもなく、ただジッと。ニコニコしながら。
「……なに、ずっと見てんだよ」
「幸せなので」
「無言で凝視すんな。圧がすごいんだよ」
「では、言葉にしましょうか?」
「言わなくていい」
──絶対ろくなことじゃない。
「……本当に来てくれて、嬉しいです。夢かと思いました」
「待ち伏せしといて夢ってなんだよ」
軽口を交わしているうちに、少しずつ空気がなじんでくる。
グリーンはカフェ慣れしているのか、所作がやたらスマートだった。
水を飲むだけでも、姿勢がよくて見栄えがする。
その様子を横目で見ながら、ふと思う。
──こいつ、絶対モテるだろ。
なのに、なぜ俺なんかにこんな執着してんだ。
そんなことを思っているうちに、パンケーキが到着した。
ふわっふわの生地に、苺と生クリームがたっぷり。
……うまそうだ。
一口。二口。
バターの香りが広がる生地に、苺の甘酸っぱさが絡んで……。
うまい。やばい、ちゃんとうまい。
「……」
……うん、許す。いや、許さねぇけど。
これはこれとしてうまいから、もう仕方ない。
──考えるのは、やめた。
パンケーキを半分ほど食べ終えた頃、グリーンがこっちをじっと見ながら言った。
「……ひと口、いただいても?」
「は?」
視線だけでそう返すと、グリーンはにこりと微笑む。
「間接キス、というやつですね。そう考えると、ドキドキしますね」
「……しねぇよ」
「トオルさんの口が触れたところを、僕の口でもなぞれるなんて」
「言い方、選べ」
警戒して皿を引いたが、グリーンの手はそれを追わず、俺の口元をじっと見た。
「……クリーム、ついてますよ」
そう言うと、手を伸ばしてきて、俺の口の端を指でそっと拭った。そのまま――
「ん。……甘いですね」
「…………」
無言で睨むと、グリーンは満足げに目を細める。
「トオルさんって、いろんな意味で甘い方ですね」
「…………」
返す気力も削がれる。
「SNSに“幸せなカフェデート♡”って書いてもいいですか?」
「ダメ」
「“パンケーキより甘い彼”って、書きたかったんですが残念ですね」
グリーンは楽しそうに肩を揺らして笑った。テンションがずっとひとりだけカップルの片方だ。こっちはただパンケーキ食いに来ただけだっつーのに。
「トオルさんとこうして座ってるだけで、十分幸せです。夢みたいです」
「現実見ろ」
「夢なら、どうか覚めないでほしいですね」
このあとも、グリーンの謎のトッピング解説や、食べ方観察タイム(俺のスプーンの持ち方が可愛いらしい)などが延々と続く。地獄か。
「ちなみに、さっきスプーンを左手に持ち替えたの、あれ癖ですか? 非利き手でも器用に扱えるの、素敵だなって」
「お前、戦闘中より観察してねぇか?」
「はい」
即答すんな。
「……もういい。おかわり頼む」
「え?」
「俺のストレスを甘さで相殺しねぇとやってらんねぇ」
そう言ってメニューを開き、再び高価格帯のパンケーキセットを指さす。
「こっち、トッピング全部盛りで。あと追加ドリンクもな。ホットミルクティー、さっきより濃いめで」
「もちろん。トオルさんのご要望なら、いくらでも」
「よし、じゃあ黙って見守っとけ」
「……幸せです」
それはもう聞いた。
──そんなわけで、パンケーキをしっかりおかわりしてやった。
グリーンは最後まで、俺の一挙手一投足にときめき続けていた。
「……トオルさんがナイフを入れる瞬間、まばたきしてしまったことを後悔しています」
「録画でもしとけよ」
「……実はしてます」
「…………」
あまりのことにフォークを落としかけた。
──やっぱコイツ、悪の組織よりヤベェ。




