幹部、接触
ディヴァイアン本拠地にて。
「……なんか最近、やけにスムーズなんだよなぁ、ここ」
「たしかに。今朝の搬入も早かったし、倉庫の物資も一目で把握できる。誰がこんな管理してんだ?」
「さあな。バイトに、ひとり要領のいいやつがいるって噂は聞いたけどな」
そんな雑談が交わされる中、ふと足を止めた1人の男。
(……ふむ)
耳に残ったのは、名前でも番号でもない。ただ「妙に有能な奴がいる」という、ぼんやりした噂。
(記録にないということは──見落としか、それとも意図的に埋もれているか)
興味がわいた。
ディヴァイアン幹部──組織において情報と戦略を司る男にとって、無記名の存在などあってはならない。
クロウは手元の端末をスリープさせ、無言のまま倉庫管理エリアへと足を向けた。
現場は静かで、整っていた。
廃倉庫らしからぬ秩序。旧式の棚にはきちんとラベルが貼られ、物資リストと現物はぴたりと一致。紙の帳簿とデータが揃っているのは、地上アジトではありえない精度だ。
──そして、ひとり。
脚立に乗って棚を整理している青年。作業服姿で地味だが、その動きは妙に洗練されている。誰にも注目されないことを前提に、最短手順だけで効率よく動く職人のような──。
(……こいつか)
クロウは静かに声をかけた。
「おい、そこの君」
脚立の上で動いていた青年──吉川トオル、通称365番は、声に気づいて静かに振り返った。
黒スーツに銀縁眼鏡。場違いなほど整った男が、こちらをじっと見ていた。
(うわ、偉そうな人来た……)
やや警戒しながらも、トオルは答える。
「……はい。なにか?」
「棚の整理。誰かに頼まれたのか?」
「あー、頼まれたというか‥気になって、つい」
「“つい”ね。……見事な習性だ」
皮肉かと思ったが、口調はただの観察。感情の温度を感じさせない目だ。
「今朝の搬入も、お前がチェックしたか?」
「あー……たぶん、俺が最後だったと思います」
「助かった。集計が三十分短縮された。続けてくれ」
「……はあ」
それだけ言い残し、男はすっと背を向けて去っていった。
(……なんだったんだ、あの人)
トオルが首をひねるその頃、少し離れた通路の影で、クロウは誰にも聞こえないように微かに笑った。
(名前も知られていない、“ただのバイト”──これは面白い)
***
倉庫裏の通用口を出て、トオルは小さく伸びをした。
今日も何事もなく終わっ──
「……お疲れさまです、トオルさん」
「うわっ……またいる……」
「ええ、当然です」
「それが怖ぇんだよ……」
街灯の陰から、例の男──グリーンが現れた。
仮面は外している。だがその微笑みの奥には、妙な緊張感が宿っている。
「……今日、倉庫で男に声をかけられてましたね」
「え?ああ。なんかスーツの偉い人が──」
「知っています」
即答だった。
無駄のない返事に、背中がひやりとする。
「……見てたのか?」
「あなたに関わることを、私が見逃すわけないでしょう?」
いやいやいや怖い。
“見てた”じゃない、“監視してる”だろこれ。
「今日は、ほんの12分だけ遅れました。くだらない会議に拘束されていなければ…まあ、今後は同じことが起きないよう、調整は済ませました」
「調整……?」
「ええ。今後、誰かにあなたへの接触を妨げられることはありません。ちゃんと“整えました”ので」
「……なにをどう整えたの」
「なにもしていませんよ。まだ」
にこり、と微笑む。
その笑みは穏やかだが、異常なほど冷たい。
「私が全部処理しますから、安心してください」
──いや、全部ってなに。
「今日は歩いて帰るんですよね?ご一緒します」
「え、いや、ひとりで──」
「ダメです。あなたが“無事に”帰るのを、この目で見届けないと、僕が安心できませんから」
(……俺、いつの間にそんな重要人物になったんだよ)
隣に並ぶグリーンは、一定の距離を保ちつつも、視線は逸らさない。
それがもう慣れてしまった自分に、ちょっとだけゾッとした。
“普通のバイト”で、“普通の一日”のはずなのに。
俺の“普通”は、いつからこんなになってたんだろう──。




