ここ、敵の倉庫ですけど
「……また来てる。なんでだよ」
今日は“現場”といっても、戦闘支援じゃない。
ディヴァイアンの地上アジト──廃倉庫の一角で、ひたすら荷物整理。
中身もよくわからない箱を、ひとつひとつ開けて、棚に仕分けるだけの地味な雑務だ。
爆薬に薬品、正体不明のパーツ。どれも物騒だが、触れば死ぬというわけでもない。
黙々と手を動かせば、誰とも会話せずに時間が過ぎる平和な任務だった。
──あいつが来るまでは。
「──365番、そっちの棚の分も頼む」
「了解です」
呼ばれて、短く返事をし、作業用手袋を直す。
そして次の箱に手をかけ──その瞬間、背中にぴたりと張りつくような視線を感じた。
(……見られてる)
さりげなく体をひねって、背後を確認する。
倉庫の出入り口。
半開きの扉の向こう、薄暗い廊下の奥に──一人。
ミントと茶が混ざったような中間色の髪。整った顔立ち。白のシャツに黒いスラックス。
──私服姿のグリーンだった。
(……また、お前か)
一見するとシンプルな私服。でも、場違いなほど清潔感が強すぎる。
この埃まみれの空間に、まったくなじんでいない。
そしてヤツの視線は、明らかに俺を追っている。そして今ばっちりと目が合っている気がする...。
歩けばついてきて、止まればぴたりと静止する。
ロックオン、という言葉がふさわしい粘着ぶり。
ちなみに今日も、全身スーツにマスクを被った雑魚キャラコスチュームで出勤だ。
……もはや、これで俺だとバレてることに疑問を持たなくなってきた自分が、ちょっと怖い。
あとここ、敵の拠点だぞ。
どうやって入ってきた。誰も止めなかったのか?
(……正面突破?)
入構証もないはずなのに、誰一人警報も上げていない。
むしろ、視界の端で何人かの戦闘員が、妙に距離を取っているのが見える。
「……あの、あちらの方って、誰ですか?」
近くの戦闘員が不安そうに尋ねる。
だが、その声に反応したのか──“視線の主”がゆっくりと動いた。
無駄な動きも、威圧もなく。まるで水が流れるように、自然に間合いを詰めて──
俺の正面に、立つ。
「こんにちは。重い荷物ばかりで大変そうですね。お手伝い、しましょうか」
「…………」
俺は、黙ってその男──グリーンを見つめる。
皺ひとつない白シャツ。素手なのに手入れが行き届いた指先。
整った笑顔。優しい声。敵意は、ない。だけど──
(……こいつは、“味方”じゃない)
説明不能な異物が、目の前にいる。
「お前、何が目的だ」
自然に出た問いだった。詰問でも牽制でもなく、ただの確認。
グリーンは、穏やかな笑顔のまま答える。
「あなたの負担を減らしたくて」
「…………」
意味がわからない。
敵の倉庫で、正義の味方が雑用を手伝う意味が。
俺が睨もうが、グリーンは一切怯まず、まるで当然のように敵地へ足を踏み入れてくる。
「この箱、棚Cですね。運びます」
まるで、ここが自分の職場かのようにスムーズな動き。
「……何してるんですか、あんた」
「搬送支援です。力仕事、得意なので」
「ここ、敵の倉庫ですけど」
「承知してます。でも、戦闘区域ではないので。あくまで“個人的なボランティア”です」
本気で言ってるらしい。
声のトーンも柔らかく、どこまでも理知的。──でも、余計に怖い。
「ちゃんと申請も出してますよ。“私的行動”として」
「“私的行動”で敵アジト入ってくるヒーロー、聞いたことないんだけど」
「私が初、かもしれませんね」
誇らしげに言うな。
彼は段ボールを片手で持ち上げる。まるで空箱のように軽々と。
俺が両手で踏ん張った同じ箱なのに、まるで中身の重量なんて存在していないかのようだ。
(力の桁が違う……絶対勝てない)
背筋が冷える。あいつに本気で追われたら、逃げ道なんてなくないか。
モブがヒーローに勝とうなんておこがましいとは思うが、せめて、逃げる術くらいは与えて欲しい。
「あと、あなたが有能なのは承知していますが、少し引き受け過ぎです。無理する癖、ありますよね。心配で」
「いや……ていうか、いつからいたんですか」
「最初から。あなたが出勤したときには、もう倉庫の外にいました」
その時間、予定より10分早かったはず。
「ちなみに姿勢ですが──カフェでも冷蔵庫使う時、少し腰に負担がかかる体勢でした。気をつけましょうね」
──どこまで見てるんだ。あと俺の腰のこと気にしすぎだお前。
「じゃあ次の箱、上段からいきましょうか。」
「……」
もはや止める気力も失せた。
ふと周囲を見ると、他の戦闘員たちが、俺たちからじわじわと距離を取っていた。
「……あの人、誰?」
「さあ……でもあのバイトにだけ話しかけてる。何者だよ、あのバイト」
「ていうか、あの笑顔……なんか怖い……」
──同感だ。
誰か、この状況をどうにかしてくれ。
俺の祈りも虚しく、誰も来てはくれなかった。
戦闘員たちは見て見ぬふりを決め込み、指揮官すらグリーンの存在を「いなかったこと」にしようとしているようだった。
まるで“彼”を相手取ることそのものが、最も非効率な選択肢だと、本能で理解しているように。
俺だけが、逃げられずにいた。
目を逸らせば背中を取られ、走れば前に立たれる。
静かな優しさで、笑顔のまま包囲されている感覚。
俺にとっていま、一番“危険”なのは爆薬でも薬品でもなく、間違いなくこの男。
「……本当に、何なんだよ。あんたは」
思わずこぼれた呟きに、グリーンは一歩、距離を詰めてきた。
その笑みは優しくて──なのに、逃げ場を奪うほどに追い詰めてくる。
「……あなたの全部を、ちゃんと知っていたいだけです」
やめろ。
悪の幹部よりよっぽど怖い。
この男の“好意”は、刃より鋭い。
“どこにも逃げ場はない”って、現実に言われた気がした。
──あいつの目がそう告げてた。




