懐かれるのは不本意です2
「なるほど、状況は理解しました」
グリーンの視線が、俺の腕に収まった子猫へと落ちる。
そこにあるのは柔らかな愛情ではなく――獲物を見張る獣のような、鋭い独占欲。
……おい、猫にまで嫉妬するなよ。
「それなら、私も一緒に病院へ行きましょう」
ブルーは驚き、レッドは楽しそうに返事する。
「いいな!みんなで行こう!」
まだ俺は「行く」なんて一言も言ってないけどな。にもかかわらず、空気はすっかり決定事項。
俺に拒否権は……なさそうだ。
レッドが元気よく前に出て、「よし行こう!」と先頭を切ろうとしたその時。
ラブラドールの茶々丸が、俺の足元にどっしり腰を下ろした。
「茶々丸~?行くぞー?」
レッドが声をかけ、リードを軽く引く。
だが茶々丸は尻尾を千切れそうに振りながら、俺の顔をまっすぐ見上げている。
試しに俺が一歩足を動かしてみると――同じタイミングで、茶々丸もすっと立ち上がって歩き出す。
……おい。完全に俺に合わせて動いてんじゃねぇか。
グリーンもブルーもレッドもいるだろ。他にいくらでも人間はいるのに、なんでよりによって俺なんだよ。
茶々丸の熱い視線に耐えきれず、俺はそっと身をずらし、グリーンを盾にして距離を取った。
……これならひとまず飛びかかられずに済むだろう。
「……?」
その行動にブルーが怪訝そうに眉をひそめる。
一方のレッドは、まるで気づく様子もなく能天気に声を張り上げた。
「茶々丸~?ほら、行くぞー!」
だが――グリーンだけは違った。
俺の仕草を肩越しに追い、その一瞬を逃さず口元にゆるやかな笑みを浮かべる。
「トオルさん。もしかして――」
「……黙っとけよ」
俺が動物苦手であることはバレるだろうとは思っていたが、気づくのが早すぎんだよ。
否定する間もなく、グリーンは俺の肩に身を寄せるように近づき――吐息がかかる距離で笑った。
「私を盾にするなんて……トオルさん、可愛すぎませんか」
耳元に落ちる低い声。ぞわりと背筋が震える。
さらにグリーンは、俺にしか届かない小さな声で続けた。
「……想像以上にキますね。こんなの、守りたくて仕方なくなるじゃないですか」
……おい、近い。耳元で囁くな。頼むから頭の中だけでやってくれ。至近距離で勝手に悶えているグリーンを横目に、俺は深々とため息を吐いた。
ちょうどその時、ブルーがわざとらしく咳払いをして、場の空気を立て直す。
「……とにかく、病院に急ごう」
その一言で、結局俺たちはぞろぞろと動物病院へ向かうことになった。
歩き出したところで、グリーンが俺の腕に目をやり、子猫を引き取ろうと手を伸ばしてきた。だが子猫は俺のシャツに爪を立て、必死にしがみついたまま離れない。
さらに追い打ちとばかりに、グリーンへ向かって小さく「シャーッ」と威嚇の声を上げた。
……まぁ、だろうな。あんな目で見られたら、俺だって拒否する。
結局、俺は子猫を腕に抱いたまま、病院への道を歩くしかなかった。
*
自動ドアをくぐった瞬間、待合室の空気がわずかに揺れた。
白い壁に並ぶ椅子、壁掛けテレビから流れる穏やかなBGM――どこにでもある動物病院の光景。
……だったはずなのに。
「イケメン集団……」
「え、あの赤い髪の子……テレビで見たことあるような」
「まさか……正義のゼットレンジャーたちじゃ……?」
小さな囁きが連鎖し、視線が一斉に突き刺さる。好奇心と興奮のざわめきは、あっという間に待合室全体へ広がっていった。
レッドはそんな空気をまるで気にせず、にかっと笑って茶々丸のリードを引き、ブルーは落ち着いた仕草のまま周囲をさりげなく観察している。
そしてグリーンは――楽しげに口元を緩め、俺の肩へと当然のように身を寄せてきた。
……やめろ、近い。余計に目立つだろ。
「では、受付してくる」
低く静かな声を残し、ブルーは迷いなく受付カウンターへと歩いていった。
「では、私たちは座って待ちましょうか」
そう言って、グリーンの掌がそっと俺の背に触れる。
自然な仕草に見えたのに、そのわずかな導きに抗えず――気づけば彼の隣に腰を下ろしていた。
やがてレッドもやって来て、グリーンのもう一方の隣に腰を下ろす。茶々丸はレッドの足元にのんびりと腰を落ち着けた。
いつの間にか受付を終えたブルーは静かに俺の前に立っている。目立つ彼らと一緒にいるせいで、周りの視線がやけに気になって落ち着かない。
腕の中の子猫は薬品の匂いに怯えたのか、小さな体をぎゅっと丸め、胸に顔を押しつけてくる。
布越しに伝わる爪の感触に思わず肩をすくめた。
「……おい、爪。シャツに穴あくだろ」
文句を言っても、返ってくるのは喉を鳴らすごろごろという音だけ。隣でグリーンが、愉快そうに口元をほころばせた。
「私ですら触れたことのない場所に、あっさり顔を埋めるなんて……妬けますね」
やわらかな声音に反して、瞳の奥が一瞬きらりと光る。笑みのままでも、空気はぴんと張りつめた。
「……そこで嫉妬すんなよ」
俺がそう突っ込んだ瞬間、グリーンの肩越しにレッドがぐいっと身を乗り出してきた。
「トオルさんのとこが安心するんだよ!な、茶々丸!」
「ワン!」
茶々丸は尻尾をぶんぶん振り回し、全力で賛同していた。そのとき――
「青井さーん」
受付から名前を呼ばれ、ブルーが静かに振り返る。
診察室の扉が開き、白衣の獣医が中へと促した。淡々とした声に、場の空気が一瞬だけ引き締まる。
「では……子猫を預かろう」
差し伸べられたブルーの手が、まっすぐ俺と子猫へ向けられる。だが子猫は当然のように胸元にしがみつき、爪をシャツに食い込ませて離れようとしない。喉を鳴らしながら、必死に俺へ縋りついてくる。
「……おい、今度こそ穴が開くって」
ため息まじりにぼやいた瞬間、隣から伸びたグリーンの手が子猫の首根っこをひょいとつかむ。「にゃっ」と短い声を上げ、子猫はあっさり俺の腕から離され、そのままブルーの胸元へと収まった。
ぽかんとした顔で抱かれた子猫は、一瞬だけ大人しくなる。
「すぐ戻る」
子猫を抱え直しながら、ブルーは短くそう告げると、そのまま診察室へと足を運んでいった。
だが、扉をまたいだ瞬間――「しゃあっ!」と鋭い威嚇が待合室にまで響き渡った。
重みが消えた腕を振りながら、俺は深くため息をついた。
空いた手が所在なく宙をさまよい、やがて無意味に指先をいじり始める。
……やっぱり俺は動物が苦手だ。
「手が寂しいなら、繋ぎましょうか――恋人繋ぎで」
さらっと俺の手を絡め取ってきたグリーンに、待合室がざわりと揺れた。冷めた目を向けながら、俺はその手を振り解く。
「……公共の場で何してんだ」
「じゃあ、二人きりなら許してくれるってことですか?」
振り払われてもなお、どこか嬉しそうに笑うグリーン。そのポジティブさに言葉を失い、俺は小さくため息をついた。
……やっぱり、動物よりお前の方がよっぽど苦手だ。




