懐かれるのは不本意です1
昼下がり、片手にコンビニ袋をぶら下げながら気ままに歩いていた。袋の中身は、値引きシールが誇らしげに貼られたシュークリームとカフェオレ。
――夜はバイトだし、その前に甘いものでひと息ついて、軽く眠ろう。
そう考えた矢先だった。
路地の奥から、不穏な声が響く。
「ま、待て!そっちへ行くな……っ!」
切羽詰まった男の叫び。慌ただしい足音に混じって、小さな鳴き声が耳に届いたかと思うと、茂みの中から黒い影が勢いよく飛び出してくる。
「うわっ!?」
胸元に衝撃。思わずコンビニ袋を取り落としそうになりながら、反射的に腕を伸ばす。抱きとめたのは――真っ黒な子猫だった。
「……ねこ?」
見下ろせば、小さな爪がシャツに食い込み、子猫は必死に胸元へしがみついていた。逃げる気配など微塵もなく、まるでここが自分の居場所だと言わんばかりだ。
そこへ、荒い息を吐きながら青い髪を揺らす長身の男が駆け寄ってくる。
整った顔立ちに冷ややかな雰囲気をまとっているのに、その手元だけが落ち着かず、そわそわと動いていた。
「……君、今、その猫を抱いたのか?」
「え?いや、飛んできたというか…」
困惑気味に答えると、男は一瞬きょとんと目を瞬かせ、その表情を驚きで固めた。
「……信じられない。あれほど俺を避けていたのに……」
子猫は胸元にすっぽりと収まり、喉を小さく鳴らしながらごろごろと心地よさそうにしている。
……いや、たしかに可愛いけどさ。正直、俺は動物ってちょっと苦手なんだよな……。
「おーい!ねこ、捕まえた~?」
耳に響いたのは、どこかで聞いたことのある快活な声だった。反射的に顔を向けると、赤い髪を揺らした青年がこちらへ駆け寄ってくるのが見える。俺より少し背は低いが、少年のように幼さを残した顔立ちは、やはりどこかで会ったことがある気がして、胸の奥に嫌な予感がざわめいた。
さらにその隣には――大きな体を揺らしながら走るラブラドールレトリバー。重たい足音と共に、まっすぐこちらへ迫ってきていた。
「赤城!今、この人が捕まえてくれたんだ」
青髪の男が呼びかけると、赤城と呼ばれた青年はぱっと目を輝かせ、俺の顔を見て声を上げた。
「この人って……あ!トオルさん!!」
「……は?」
思いがけず名前を呼ばれ、思考が止まる俺を前に、赤城と呼ばれた男は信じられないほど自然体の笑顔を浮かべた。
「え、俺だよ!あれ、この姿で会うの初めてだったっけ?俺、レッド!」
……レッド?あの“正義のヒーロー”のレッド?まさかと思いかけた言葉を飲み込むより早く、青髪の男が口を開く。
「赤城の知り合いなのか?」
「そうそう!こちらトオルさん!」
と、レッドは胸を張りながら得意げに答える。
「改めて!俺、赤城 蓮。蓮って呼んでくれたら嬉しいな!」
胸元では子猫がごろごろと満足げに喉を鳴らし、足元ではラブラドールが尻尾を振りながら距離を詰めてくる。
……おい待て、状況が一瞬でカオスすぎるんだが。
「んで、こっちが青井 慎一!ブルーね!」
あー、お前の登場でなんとなくは察していたが、やっぱりブルーか。つーかお前、そんな軽率にヒーローの正体ばらしていいのかよ。
「あ、おい、茶々丸!」
ラブラドールが勢いよく俺に飛びかかろうとした瞬間、レッドが慌てて制止する。
……やめてくれ、ほんと。何度も言うけど俺は動物が苦手なんだ。
「いつもこんなことないんだけどなぁ。よっぽどトオルさんと遊びたいのかな?あ、俺もトオルさんと遊びたいけど!」
レッドは首をかしげつつ、悪びれもなく笑顔を見せる。
茶々丸と呼ばれたラブラドールは尻尾をちぎれんばかりに振り、期待に満ちた瞳で俺を見上げてくる。
……いや、そんな全力の“遊んでアピール”されても困るんだが。
そして腕の中の子猫はというと、胸にぴったり身を寄せ、ごろごろと甘えるように喉を鳴らし続けていた。
「さっき保護しようとした子猫なんだけど、ずいぶんとトオルさんに懐いてるね~」
レッドがにこにこと覗き込むように言う。胸元に抱いた子猫は、まるで言葉を裏付けるようにさらに強くしがみつき、ごろごろと喉を鳴らした。
すると隣のブルーが、真剣な眼差しで俺と子猫を見つめる。
「悪いが、その子猫を引き取らせてもらってもいいだろうか。病院に連れていきたい。……どうやら傷を負っているようで、このまま放ってはおけない」
ブルーの声は落ち着いていたが、その響きには強い意志があった。
言われてよく見れば、子猫の足元が少し汚れていて、確かに放っておくのは心配になる。
「どうぞ」
俺が腕を差し出すと、ブルーはためらいがちに手を伸ばした。だが子猫は俺の服を小さな爪でぎゅっと掴み、必死にしがみついて離れようとしない。
触れようとすればするほど、その力は増していくばかりだった。
「どうやら、そう簡単には離れてくれそうにないな」
ブルーは小さく息を吐き、次の瞬間、真剣な眼差しで俺を見つめる。
「すまないが、一緒に来てもらえないだろうか」
ブルーの真剣な声に、返事を探すより早く――
「……トオルさんを、どこへ連れていくつもりですか?」
背後から静かな声が割り込んだ。振り返る間もなく、影が俺の横に並ぶ。
緑の髪が揺れ、にこやかな笑みを浮かべながらも、その目だけは鋭くブルーを射抜いていた。
「緑谷、なぜここに?」
ほんとにな。お前はお前で怖いんだよ、グリーン。




