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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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騒がしい夜

夜のバー。

磨き上げたグラスにぼんやりと照明が反射する中、入口のドアが軽く鳴った。常連になりつつある黄瀬が、いつもの軽い調子で片手を上げてくる。


「よ、トオルさん!今日も来ちゃった!」


――ヒーローって、そんなに暇なのかよ。内心で毒づきつつ、横目でちらりと視線を送る。黄瀬の背に半分隠れるように、見知らぬ人影がひっそりと立っていた。いつもは一人なのに、今日は連れがいるらしい。


「……今日は二人か?」


「え?一人だけど?」


怪訝そうに眉をひそめた黄瀬が、俺の視線を追って後ろを振り返る。そこに立っていたのは、淡いピンク色の髪を揺らす女。どこかで見覚えが――。


「うぇっ!? 桃崎モモザキ!? なんでここに!?」


「やっほ~! 黄瀬が入ってくの見えたから、つい後つけちゃった♡」


にこにこと、無邪気に笑う彼女。記憶をたどれば、つい先日、限定ロールケーキを買いに来ていたあの客だ。グリーンの言葉を借りるなら、“妄想癖が強い”とかなんとか――。


「へぇ~、いい雰囲気のバーじゃん。……もしかして、デートの下見?アオイくんとの♡」


「ちげぇーよ!!」


黄瀬の全力の否定もどこ吹く風。彼女は黄瀬の存在など初めから眼中にないように、当然のようにカウンターの一席へ腰を下ろすと、くるりと首を回して店内を見渡す。

そしてようやく、俺の顔に視線が止まった。


「あれ……?もしかして……」


数回、瞬きを繰り返し――次の瞬間、目をぱっと見開いた。


「この前の! ロールケーキ売ってた人だよね!?しかもクロウに言い寄られてた!」


「……は?」


手の中のグラスを磨く手が止まる。よりによって、その名前をここで聞くとは思わなかった。


隣で黄瀬が「お、おい、やめろって!」と慌てて手を振るが、桃崎はお構いなし。ぐいっと身を乗り出して、俺の顔をのぞき込んでくる。


「だってさ、あのクロウが誰かに執着してるの、初めて見たんだよ?そりゃ気になるでしょ!まさかこんなところで会えるなんて!」


カウンター越しでも伝わってくる、この圧。思わず、腰が半歩引ける。


「え、クロウって、あのクロウ!?マジで?トオルさん、アイツにも好かれてんの!?」


「……“も”ってことは……え、黄瀬も好きなの?」


「はぁ!?ちょっ、ちがっ……誤解すんなって!」


目の前で繰り広げられるこの騒ぎ。俺は現実から目を逸らすように、ただ黙々とグラスを磨き続けた。

ちらりと横目をやると、黄瀬がため息混じりに桃崎の隣へ腰を下ろす。何も言わず水を出すと、彼はそれを一気に飲み干した。――うん、疲れるよな。わかる。


「で、トオルさん、でしたっけ?」


少し落ち着いた様子の彼女が、遠慮なくこちらを見てくる。

……いや、やめろ。そのまっすぐな視線がいちばん落ち着かねぇ。期待を含んだ目で、俺のリアクションを待っているのがわかる。


「黄瀬とは、お知り合いなんですか?」


「……最近、よく来てくれるんですよ」


「へぇ~」


ニヤニヤと口元を緩めながら、桃崎が横目で黄瀬をじろりと見る。当の本人は、もはや返事をする気力すら残っていないようだった。


「……トオルさん、悪い。強いの、一杯くれ」


「水の次がそれかよ」


「シラフじゃ、やってらんねぇこともあるんだよ」


カウンター越しにグラスを差し出すと、黄瀬は苦笑しながら頭をかいた。その隣では、桃崎が「えー、私も同じの!」と元気よく手を挙げる。


――どうして、こうも疲れる未来しか見えないんだろうな。


考えるだけ無駄か。冷えたボトルを引き寄せ、琥珀色の液体をショットグラスに注ぐ。


「はい、テキーラ。ショットでどうぞ」


黄瀬は無言でグラスを煽り、空になったそれをコトリとカウンターに置いた。


「なぁに黄瀬、お酒の力で告白でもする気?」


「……お前な、妄想すんのは勝手だけど、いちいち口に出すな」


「いいじゃん、わかってるよ? 妄想だって。でもさ、現実にしたいなら言葉にしなきゃ始まんないでしょ?でもね、世の中の女の子は求めてるの!」


いちを妄想だって自覚はあったのか。桃崎が身振り手振りを交えて、妙に熱のこもった調子でまくしたてる。


「だって正義のヒーローって、みんなタイプの違うイケメン揃いでしょ?妄想しないほうが無理あるって! 現実が厳しいのはわかってるけどさ!」


「あー……全然理解できねぇ!」


「黄瀬に理解してもらおうなんて思ってないわよ。それより、トオルさんはどっちが本命~?クロウ?それともまさか、黄瀬~?」


……本命ってなんだよ。どっちも眼中にねぇ。

俺は余計な火種を増やす気はないとばかりに、黙ってグラスを磨き続けた。


「おい、桃崎。あんま変なこと言うな。地獄見るぞ」


「は? なにそれ」


桃崎は、「何言ってんのこの人……」という目で黄瀬をじっと見つめる。黄瀬は助けを求めるように俺を見たが――いや、無理だ。見られたところで、俺も困る。


「そうですね。トオルさんの本命は、私なので」


背筋をなぞるような、ぞわりとする低い声がすぐ背後から落ちてきた。

振り返ると、いつの間にかグリーンが、黄瀬と桃崎の真後ろに立っていた。まったく気配を感じさせなかったその登場に、二人は椅子ごと跳ねるように振り返る。


「び、びっくりした~!ちょっ、なんで緑谷くんまでここにいるの? ……ていうか、本命って、え?」


口元は笑っているのに、目はまるで氷のように冷たい。

その視線にさらされ、黄瀬は完全に沈黙。存在感すら薄めるように、黙り込んでいる。


「桃崎さん。軽々しく、妙なことを口にするのはやめたほうがいいですよ」


そのひと言が落ちた瞬間、室内の空気がはっきりと冷え込んだ。…もし誤解を招いたら、責任、取れますか?言葉にはしないが、声の奥に込められた圧が重い。


さっきまであれだけ調子よく話していた彼女も、目を丸くしたまま、ぴたりと口を閉じた。


「……こんにちは、トオルさん」


グリーンは気配もなく俺の隣に立ち、カウンター越しにそっと顔を覗き込んでくる。ふっと穏やかに微笑み、まるで恋人に囁くような声で、静かに言った。


「あれだけ、“ちゃんと睡眠を取りましょう”ってお伝えしたのに……また寝てませんね?」


言葉と同時に、カウンター越しに身を寄せ、俺の目元へと指先を伸ばす。その指が、そっと撫でるようにクマのあたりをなぞった。


……またバレてる。俺の家、どこに監視カメラ仕込まれてんだよ。


「え、ちょっと待って、これどういう状況!?」


「おい、桃崎!落ち着けって!」


グリーンの様子に興奮した桃崎が、黄瀬の肩をつかんでガクガクと揺さぶる。

……おい、テキーラを一気飲みしたやつの体をそんな揺らすな。マジで死ぬぞ。


「トオルさんに、あまり妙なことを吹き込まれるのは困りますので。――こういうことです。変な誤解はしないよう、お願いします」


「……喜んで!!!!」


緑谷は穏やかな笑みを浮かべたまま、さらりと口にする。

“こういうこと”とは、つまりどういうことなのか──考える余裕すら、今の俺にはなかった。


「……それと、昨日調べてたカヌレのお店ですけど、私が買ってきましょうか。明日、カフェのバイトですよね?差し入れに持っていきます」


「え、昨日調べてたって……ちょ、待って!この二人、もしかしてもう同棲してるレベルの関係ってこと!?」


「……同棲してた覚えはねぇけどな」


「うわ~……その執拗なリサーチ力、健在だな……」


黄瀬が若干引き気味に呟き、桃崎は目を見開いたまま固まっている。

それでも緑谷は、まるでそれが当然であるかのように、柔らかな笑みを崩さず続けた。


「トオルさんのことは、全部知っていたいんです」


「ま、まさか盗撮とか盗聴とかしてるんじゃ……!?いや、好きすぎか!?いやいや尊い……けど……思った以上に重い!!」


桃崎の叫びもどこ吹く風、黄瀬は頭を抱えて小さく呟く。


「……ここ、地獄かよ……」


「地獄なのは俺の方だろ…」


いつもの穏やかな空気はすっかり掻き消え、店内を満たしていたのは妙な熱気と高まる声だけだった。

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