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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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俺の意思はどこにある1

それは、いつもと変わらない、静かな朝だった。


カフェのバイトは昼から。まだ時間はある。寝癖のついた髪のまま、ソファに体を預けてぼんやりしていた、そのとき──


──ピンポーン。


玄関のチャイムが、一度だけ、短く鳴った。


(誰だよ、こんな時間に……)


重たい腰を上げて、スウェットのズボンだけを整え、だるそうに玄関へ向かう。ドアを開けた瞬間、視界に黒づくめの男が飛び込んできた。


白銀の髪。無表情。どこかで見たことがある気がする。たしか──


「あれ、お前……倉庫でプリンくれた──」


言い終える前に、男の手がすっと伸びてきて、俺の手首を掴んだ。


「……は?」


困惑する間もなく、そのまま腕を引かれる。まったく迷いのない動きだった。玄関の外へと、強引に──だが妙に滑らかに連れ出されていく。


男は一言も発しない。ただ真っ直ぐ前を向き、淡々と歩き続ける。その手には確かな力がこもっているはずなのに、不思議と乱暴さは感じなかった。まるで、決められたルートを淡々となぞるかのように。


「なあ、ちょっと待てって。なにこれ、どこ行くんだよ」


声をかけても、無視されたわけじゃない。ただ、届かない。そんな感覚だった。


振りほどこうと力を込めるが、びくともしない。まるで鉄でできた指に絡め取られているみたいだった。体格では俺の方が上のはずなのに、まるで歯が立たない。


気づけば、車の後部座席に押し込まれていた。


男は、最初から最後まで、一言も喋らなかった。どこへ行くのか、なぜ連れていかれるのか。なにもわからないまま、ただ、静かに──確実に、俺は連れ去られていった。





「──エリアBに敵影。経路Dより増援、接近中」


ヘッドセット越しに響くのは、感情の欠片もない機械的な声。


ここは、ディヴァイアンの拠点のひとつらしい。作戦司令室と呼ばれるこの空間では、壁一面の巨大モニターが映像や熱反応をリアルタイムで切り替えながら、何かを逐一監視している。


──そんな中、俺はただ、椅子に座っていた。


手元の端末を適当にいじるふりをしながら、背もたれに体を預ける。だが実際のところ、俺がここで担っている役割なんて皆無に近い。場違いな存在感だけが、妙に際立っていた。


しかも──俺は今、部屋着のスウェット姿だ。家から無理やり連れてこられたせいで、まわりの隊員たちが全員、統一された黒の戦闘服に身を包んでいる中で、ひとりだけくすんだグレーの上下。言い訳の余地もないレベルで浮いている。恥ずかしさがじわじわと喉元までこみ上げてきた。


(……俺、ほんとに何してんだ、ここで)


無意識にため息が漏れる。そんな俺の隣には、例の男──あの寡黙な人物が無言で立っていた。彼の所作には一切の無駄がなく、その動きからは場慣れした自信と冷静さがにじみ出ている。まるでこの空間に溶け込むように、自然体で。


対して俺はといえば──まるでリビングのソファごと異世界に迷い込んだような気分だった。


──あと、妙に気遣ってくるのが、逆に怖い。


寒ければ無言で空調を調整し、長く座っていれば「立て」と言わんばかりの視線を送ってくる。さっき頭上から粉塵が舞ったときも、黙って俺の肩を払ってくれた。そして、いつの間にか机の上にはプリン。どこから持ってきた。


「……お前、何がしたいんだよ」


思わず、ぼそりとつぶやいた。当然、返事なんてない。けれど──ほんの一瞬、彼の肩の動きが止まった気がした。


無言のまま、なぜ自分がここに連れてこられたのかも告げられず、ただ放っておかれるだけ。……正直、困る。


そのときだった。彼がふと目を向け、少しだけ間を置いて、自分が羽織っていた黒い上着をすっと脱ぎ、俺の肩にかけてきた。分厚くて重い、生地のしっかりした軍用の羽織。あたりと見事に調和するその色が、俺のスウェット姿の浮きっぷりをわずかに中和してくれる。


──気にしてたの、バレてたのか。


何も言わず、表情ひとつ変えずに戻っていくその背中を、俺はただ見送るしかなかった。

まったく。気が利くのか、無神経なのか、本気でわからない。

けど──少しだけ、ほんの少しだけ、マシになった気がした。


……ただこの後、俺は一体どうしたらいいのか──と考えかけた、その瞬間だった。


ドォンッ!


腹の底に響くような爆音。モニターのひとつが赤く点滅し、すぐに他の画面にも異常警告が次々と表示されていく。


「爆発検知」「構造異常」「熱源反応急増」


「エリアF、天井崩落の恐れあり!」


誰かの声が飛んだ直後、天井の一部が音を立てて軋み、金属片が降ってきた。


「──っ!」


反射的に目を瞑る暇もなく、肩をつかまれた。強いけれど、乱暴ではない。迷いのない手が俺を壁際に引き寄せ、背中が固い壁にぶつかるとほぼ同時に、彼の体が目の前に立ち塞がった。


まるで無言の盾のように。


──あと半歩でもずれていたら、金属片が直撃していた。間違いなく、頭に。


「……お前」


思わず口をついて出た言葉に、やはり返事はない。けれど、その目は鋭く周囲を見渡し、片腕はしっかりと俺の前に伸ばされていた。正直、どう反応すればいいのか、わからなかった。素直に「ありがとう」なんて言うのも、なんか違う気がして──だから、代わりにぽつりとこぼす。


「……助かったよ」


やっぱり何も言わない。けど──ほんのわずかに、その腕から力が抜けた気がした。


粉塵はまだ、空気の中をふわりふわりと漂っている。

俺はいまだに、彼の腕の中にいた。壁に背を預けたまま、その影に包まれるように立ち尽くしている。


(……そういえば、名前も聞いてねぇな)


顔はちゃんと覚えてる。あの無言の気遣いも、プリンのことも。けど、名前は──知らない。まあ、どうせ長く関わることもないだろうし。……たぶん。


粉塵の漂う中、彼の腕の中でぼんやりと立ち尽くしていると──ふと、その腕がすっと下ろされた。


代わりに、彼はじっとこちらを見つめてくる。俺のほうが少し背が高いから、見上げられる形になるが──それは見つめるなんて穏やかなものじゃなくて、ほとんど凝視。まばたきひとつしない。何か言いたげ、というより──何かを訴えているような目。だけど、無言。まったくヒントがない。


「……なんだよ?」


思わず口に出してみても、もちろん返事はない。ただ、ますます視線が強くなる。戸惑っていると、今度は彼が一歩近づいてきて、少しだけ頭を下げ──いや、違う。差し出してきた。彼の頭が、俺の目の前に。距離、めちゃくちゃ近い。


「…………は?」


頭を差し出す、って、まさか──


「……撫でろってか?」


思わず呟くと、ほんのわずかに、彼の耳が赤くなった……ような気がした。気のせいかもしれない。でも、否定はされない。ためしに、そっと頭に手を置いてみる。すると──


「……正解?」


撫でるたびにほんのりと力が抜けていくような気配。目を閉じて、微動だにしないその姿はまるで大型の猫。すごく無口で無愛想だけど、妙に懐かれているような……いや、懐かれてるってなんだ。


……どういう状況だこれ。さっきまで爆発とか金属片とかで死にかけてたはずなんだけど。今、俺、無言の男の頭撫でてるんですけど。いや、状況がおかしい。


「……なあ、とりあえず何か言ってくれよ。どういうテンションだ、これ」


もちろん、返事はない。けれど、彼はまだ俺の手の下でじっと頭を差し出したまま、まるで当然のように撫でられている。よく見れば、ちょっとだけ目を細めてる気がするのは、気のせいじゃないだろう。猫か。


──と、ふと、脳裏に浮かぶ。


(……あ、今日バイトだった)


時計を見ると、まだ昼前。急げばギリ間に合う──いや、これがスウェットじゃなければ、の話だけど。


「……とりあえず、連絡だけ入れとくか」


ため息をつきながらスマホを取り出す。

……それがちゃんとポケットに入ってたことに、自分でもちょっと驚いた。


(よくこれだけ持ってきたな)


朝、ほとんど引きずられるように家を出たとき、ズボンだけ直して出てきた。財布も鍵も着替えもなし。持ち物なんて一切ない。それなのに、スマホだけは──たまたまポケットに入ってた。


奇跡だ。これがなかったら、完全に詰んでた。


カフェの番号をタップする。ほとんど義務感だけの連絡だ。正直、今から向かう気力もない。でも、無断欠勤よりはマシ──ただ、それだけの話。


「──あ、吉川ですけど。今日のシフトのことで……」


「あっ、吉川くん? 今日はお休みって聞いてるよ?」


「…………は?」


一瞬、思考が止まる。


「今朝、“急用ができたので今日は行けません”って連絡入ってたよ? 代理の子も来てるし、安心して休んでね~!」


店長の明るい声が、どこか遠くから聞こえるように感じた。通話を終え、スマホをそっと膝の上に置く。


(……俺、そんな連絡してないけど)


寝癖のままソファに突っ伏していたはずだ。

それに、そもそも──今ここにいること自体、完全に“事故”みたいなもので。


俺をここへ連れてきた、この無言男は何も語らない。俺の予定なんて把握してるとは思えないし、わざわざカフェに連絡を入れるようなタイプでもない。


…となれば、こんなことができる奴は一人しか思い当たらない。


……グリーン。


俺のスケジュールを把握したうえで、カフェには代理まで立ててある。しかも、それがまるで当然であるかのように、すべてが整っているという異常さ。


この先、どう考えてもろくなことにならなそうで、考えるのを放棄した俺は、ぼんやりとしたまま、無言男の頭にもう一度そっと手を置いた。


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