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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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22/23

そういう関係じゃない

夜のバーは、静けさに包まれていた。

客はまばら。グラスを磨く手元にも、どこかゆったりとした時間が流れている。


その空気を打ち破るように、聞き慣れたチャラい声が響いた。


「よっ、トオルさん。今日もカッコいいね!」


顔を上げれば、金髪ピアスの男──イエローこと黄瀬が、相変わらずのノリで手を上げてくる。

軽薄な笑みを浮かべながら、馴染みのようにカウンターへ腰を下ろした。


「……なんでお前がここに来んだよ」


「えー?俺、この店好きなんだよね。雰囲気も、お酒も、あとトオルさんも?」


「…さっさと注文しろ」


俺はグラスを拭く手を止めず、じろりと鋭く睨みつけるが、黄瀬は肩をすくめながらも楽しそうに笑う。


「そんな冷たくしないでよ。今日って、俺にとっては超レアなチャンスなんだからさ」


「……なにが」


「緑谷、今本部にガッツリ捕まってんのよ。仕事できすぎて、詰められまくってんの。完全に身動き取れないって」


そう言ってから、黄瀬は軽く笑う。


「だからさ、この前のバーにもう一回行こって即決だったんだよね。トオルさんには会えたらラッキー、みたいな?」


相変わらず軽い調子で、悪びれた様子もない。


「そんなわけで今日は緑谷に会えなさそうだけど……ねぇ、寂しい?残念だった?」


からかうように笑いながら、黄瀬は差し出した水のグラスを軽く傾け、氷をカラカラと音を立てながら回していた。

目の奥には悪意なんてこれっぽっちもなくて、ただ面白がってるだけの、子どもみたいな顔。


(……ああ、だから朝っぱらからうちに来たのか)


妙に自然を装って、「たまたま近く通った」なんて口にしてたが──

通り道なわけがない。わざわざ足を向けたってのは、見え見えだった。


今日もう会ってんだよ。ちゃんと、朝からな。


こっちは起き抜けで顔合わせてんのに、“残念”はねぇだろ。そんな突っ込みは喉まで出かかったが、もちろん口には出さない。代わりに、グラスの中で氷がカランと音を立てた。


小さくため息をついた俺を見て、黄瀬がふっと表情を変える。


「そういえばさ──青井あおい…あ、ブルーね。現場で会ったんだって?」


その名前が出た瞬間、グラスを拭く手がピタリと止まる。


「……あー」


「それで、青井から気になることきいちゃったんだけど」


氷のぶつかる音が、カランと響く。


「──緑谷と、付き合い始めたって本当?」


「は?」


「だって青井がさ、『緑谷に恋人ができた』って言ってたんだよ。それってさ、トオルさんしか思い当たらないじゃん?」


「……違うって、わかってんだろ」


「あー、やっぱり?どうせ緑谷が誤解させたんだろうな~って思ってた」


──よくわかってんじゃねぇか。

喉の奥でため息を飲み込みながら、トオルはぼそりと呟いた。


「……あいつ、なんとかしろよ」


思わず漏れた自分の声に、苦さが滲んでいたのが自分でもわかる。

黄瀬が目を丸くして、楽しげに笑う。


「無理無理。緑谷に勝てるヒーローなんていねーって」


そう言いながらも、ふと視線をグラスの底に落とす。


「……あいつ、自分の欲しいもんに関してだけは、本当に容赦ないからね」


軽薄さの裏に、本音めいたものが滲んだ気がした。

トオルは小さく息を吐きながら、ふと呟く。


「……てか、ヒーローって何人いんの」


「え、知らないの? グリーン、俺、ブルー、レッド──で、あとピンク。今のとこ、5人だね」


「へぇ……ピンクってどんな奴?」


グリーンの“誰にも止められなさ”はすでに身をもって実感している。

となれば、まだ会っていない“ピンク”という存在が気になって当然だ。

軽く訊いたつもりだったが──


その瞬間、黄瀬の表情がかすかに翳る。

軽薄に浮かべていた笑顔が、ふっと色を失って消えていく。


沈黙が落ちた。

ほんのわずか、けれど確かに──言葉を探している間。


「……ん~……あー……まあ、ピンクはさ……うん、ピンクって感じ?」


「は?」


「ほら、グリーンは“完璧な見た目に、中身やばすぎ問題”でしょ?ブルーは“優等生っぽく見せて実はポンコツ寄り”、で、俺は“気さくで超絶イケメン”系じゃん?」


「お前、自分で言うな」


「細かいことはいいのよ。でさ、レッドは……あれ、会ったことある感じ?」


「顔合わせた程度だけどな」


「マジ?やば、もうほぼコンプリートじゃん。残るはピンクだけってことね」


そこまで言って、黄瀬の手がグラスへ伸びかけ──ぴたりと止まる。

そのまま目線を伏せて、やや声を落とす。


「──あいつだけはちょっと別格っていうか~。トオルさんは正直……会わない方が幸せかも」


「……おい。怖ぇこと言うなよ」


軽口のつもりだったのに、背中にひやりとしたものが走る。

黄瀬は、冗談とも本気ともつかない表情でグラスの氷を一度転がし、何も言わずに目を伏せた。


その静寂を破るように、黄瀬のスマホがブルブルと震える。

画面をのぞき込んだ彼は、眉をしかめて口を開く。


「……げ。緑谷から」


そして内容を確認した途端、目を見開き、わかりやすく引いた顔をする。


「ちょっ……『トオルさんに余計なこと吹き込むな』って。なにこれ。っていうか今監視されてんの?」


冗談めかして笑うが、どこか本気で身震いしているようにも見えた。

すぐに視線を向けてきて、冗談混じりの問いを投げてくる。


「なあ、トオルさんのスマホ、なんか変なアプリ入ってたりしない?GPS監視系とか、謎のメモ帳アプリとか」


「……スマホ、ロッカーだけど」


淡々と告げたトオルの一言に、黄瀬は固まる。


「え、ロッカーにあるの?……なんで緑谷、今の会話に反応してんの?てか、あいつどうやって監視してんの?」


「まあ……いつものことだな」


もはや恐怖を通り越して、完全に馴染んでしまったような、淡々とした口ぶり。

黄瀬は一瞬言葉を失い、やがて顔を引きつらせながら絞り出す。


「……ちょっと待って。トオルさん?今、“まあ仕方ないか”みたいな顔してたよね?もっとこう……怯えよ?!普通に怖がって!?」


「いや、だって……何言っても無駄だろ」


「だからって受け入れちゃだめでしょ!?あいつの“既成事実作戦”が成功してくの見てるこっちの胃が痛くなるよ!」


「……ヒーローが、なんとかしろよ」


トオルが静かに吐き捨てると、黄瀬は間髪入れずに手を上げた。


「ごめん、それは無理!」


あまりの即答に、トオルは無言でグラスを拭き続けた。

……もう、怖いより先に、慣れちまってんのが一番やべぇな。

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