表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/23

認識ずれてます2

薄暗い通路の奥、非常灯が瞬くなか、俺は追い詰められていた。


グリーンが一歩も引かない距離で立ちはだかり、その背後ではブルーが、無言のまま鋭い視線を向けている。

先に口を開いたのはブルーだった。


「……これ以上、彼を追い詰めるな」


低く抑えた声。けれど、冷えた鋼のように固くて、動じない。それに対して、グリーンはぴくりとも動かず、落ち着いた声で応じた。


「何か誤解されていますね。私は彼を──誰よりも大切に思っていますよ」


その言葉に、ふとグリーンの視線が俺に向けられた。


そして、唇の端が、ごくわずかに吊り上がる。

穏やかで、冗談めいた笑み。けれどその裏に、逃げ場のない冷たさがあった。


まるで、「もう逃げられない」と静かに宣告されているような感覚。


「そうですね。彼とは──少し、特別な関係でして」


「特別……?」


ブルーの眉がわずかに動く。

また適当なこと言いやがって、と思い俺はため息をつく。

否定しておくか──そう思って、口を開こうとした。


そのときだった。


「……ね?」


耳元すれすれに、低く囁く声が落ちた。やわらかな吐息が肌をかすめる。気づけばグリーンの腕が、俺の背に回っていた──いつの間に。

腰のあたりに、何気なく添えられた指先。その軽いはずの圧に、背筋がぞくりと粟立つ。なぞるでもなく、撫でるでもない。ただ、“そこにある”だけの手。


なのに──それだけで、全身がこわばった。


声を出すどころか、息の仕方すら分からなくなりそうだった。


「落ち着いて。大丈夫ですから」


他人には見えない角度から囁きながら、周囲には微笑みを向けている。


その距離の詰め方も、手の置き方も──ぱっと見には、恋人に寄り添う仕草にしか見えない。

けど、その手の置き方が、なんとなく「黙ってろ」って言われているように感じた。


言葉で言われるより重くて、暴力よりもじわりと迫るものがある。

もし何か言ったら、自分が過剰に反応してるだけみたいになる、そんなような空気にも感じる。


何もできずにいるうちに、グリーンは何事もなかったかのように、会話を続けていた。


「彼と出会ってから、何度か顔を合わせていくうちに……自然と距離が縮まりまして。最近では、一緒に食事をしたり、朝は迎えに行ったり、帰り道でばったり会うことも多いんです」


“ばったり”って単語の意味、辞書で引いてこい。

あれだけの待ち伏せと、職場での張り付きっぷりを「偶然」で済ませるあたり、普通に怖ぇよ。


「もちろん、ヒーローとしての任務には真摯に取り組んでいますよ。ただ、私的な時間をどう使うかは……個人の自由ですよね?」


さらっと言いやがった。筋が通ってるように“聞こえる”から、むしろ逃げ道が塞がれていく。

言ってることはただのストーカー報告なのに、声と目だけ落ち着いてるから、余計に質が悪い。


「……つまり」


ブルーが何か言いかけて──そのまま言葉を飲み込んだ。


眉間にごく浅いしわが寄り、そのまま沈黙が落ちる。

感情が追いついていないのか、言葉にするだけの確信が持てないのか。


けれど、次に口を開いたときには、すでにその思考はまとまっていた。


「……なるほど。そういう関係か。……悪かった、口を挟んだな」


低く、落ち着いた声だった。感情の波が過ぎて、理性だけで納得した人間の声音。


でも──その納得は、ただの誤解だ。


ブルーの視線が、俺とグリーンの間を静かに行き来する。


「……恋人同士のことに干渉するつもりはない。ただ、現場では紛らわしい行動は控えてくれ。判断が鈍る」


「ご心配なく。そんなに甘く見られているとは思いませんでしたが」


どうやらこの場は、“納得したことにして”やり過ごすらしい。


そして俺は──気づけば、否定のタイミングを逃していた。さっきもそうだった。「いや、違う」と言おうとした、その瞬間、背中にある指が、動く。


なぞるように、あくまでさりげなく。それでいて、どこか確信めいた触れ方。

ゾクリと、背筋が冷えた。


(……こいつ、わざとか)


でも、それを口にすれば、たぶん余計に面倒なことになる。そう思って、結局、何も言えなかった。


「では、俺は任務に戻る。交戦対象は、まだ完全に無力化されていないからな」


ブルーは淡々とそう言い残すと、背を向けた。

誤解は、何一つ解けないまま、ただ置き去りにされた。


彼はもう振り返らない。


そして残されたのは──俺を見つめ続けるグリーンだけだった。


微笑みも、指先の熱も、距離感も、さっきから何ひとつ変わっていない。

壁を背にしたまま、動けずにいる俺の前に、ずっと、グリーンがいる。


距離感バグってんのはいつものことだ。いちいち突っ込むのも、もう疲れた。


肩が当たる。というか、軽く押しつけられている。

壁とグリーンのあいだに、逃げ場なんて最初からなかった。


「よかったですね。誤解、ちゃんと解けましたよ」


俺はただ、ぼんやりとその顔を見上げて──

そして、乾いた声で答えた。


「……いや、むしろ悪化してんだろ」


それでもグリーンは満足げに笑った。

まるでその言葉すら、“肯定”に聞こえているような顔で。


「でも、もう誰にも邪魔されませんよ。ブルーも理解してくれましたから」


もはや突っ込む無気力もなく、視線を逸らして天井を見る。

壁と腕のあいだに閉じ込められている状況は変わらないけど。


(……あー、甘いもん食いてぇ)


エクレア。プリン。クソ甘いやつ。

糖分で思考を止めたくなるくらいには、疲れていた。


それでも、動かない俺を見て、グリーンはさらに一歩、距離を詰めてきた。


「こうして触れても、逃げなくなりましたね」


頬に触れながら言うその声は、やけに嬉しそうだった。


「…逃がしてくれんの」


俺の返しに、グリーンはふわりと笑った。


「もちろん。365番が本当に嫌がることはしませんよ」


その目を覗き込むと、微塵の嘘もなかった。

だからこそ、質が悪い。


「でも……そんなに嫌がっていなさそうに見えますが」


「……めんどくせぇだけだ」


俺の言葉に、グリーンは満足げに目を細める。

この状況を、きっと“関係の深化”とか、そういう風に思ってるんだろう。


(……こいつに“勝てるヒーロー”って、いんのか)


想像ができず考えても無駄だと悟り、俺はただ、ため息をひとつ吐いた。



* * *




──その数時間後。


ディヴァイアン本部・幹部フロア。

重厚な扉の内側、室内には張りつめた沈黙が支配していた。


空気を凍らせるように佇む男がひとり。

銀縁の眼鏡に、漆黒のスーツ。コードネーム──《クロウ》。


彼は手元の資料に目を落としたまま、低い声で問う。


「……365番。今どこにいる?」


「え、えーと……現場の部隊に混ざって、出ていったと……」


「誰の許可で?」


「そ、それが……現場が混乱していて、人手が足りないって……」


パチン。


クロウの手元で、ペンのキャップが静かに閉じられた。

ただそれだけの音が、やけに重く響く。


「私が──書類整理のために呼んだ人間だ」


張りつめた声。

低く抑えられているのに、明確な怒気が滲んでいた。


「なぜ、“あれ”が現場にいる?」


誰もが息をひそめるなか、沈黙だけが返ってくる。

クロウは一度、深く息をついて無言で立ち上がると、資料を静かに閉じて腕に抱える。


視線が、手元の一枚に落ちる。


「……それにしても」


小さく、ぽつりと漏れる声。


「グリーン。──なぜ、あのヒーローは365番に…?」


その声音には、疑念だけではない何かが混じっていた。

嫌悪とも、警戒とも、そして──抑えきれない苛立ちのようなものが、確かに。


誰も答えず、ただ沈黙が降りる。


クロウは思考を巡らせながら、静かに言い放った。


「……気に食わないな」


それは、ぽつりと落ちたはずの言葉だったのに。

その一言が、部屋の温度をさらに数度、下げていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ