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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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18/22

ただのバイトです

休みの日。

今日は布団の中でゴロゴロして、何もせずに一日を終えるつもりだった。


……あのテレビ番組を見てしまうまでは。


ーーーーーーーーーー

《濃厚生チョコプリン》《いちご農園直送タルト》《焼きたてスフレパンケーキ》

──期間限定スイーツビュッフェ、今週だけの特別開催!

お一人様 5,000円

ーーーーーーーーーー


……行きてぇ……。


画面越しに見ただけで、胃袋がそわそわ騒ぎ出す。

ただ、料金が全然可愛くねぇ。


頭をよぎったのは、ディヴァイアンのバイトだった。

日給は悪くない。シフト提出は一応あるが、直前の飛び込みでも受け入れてくれる、ゆるめの現場。


「……行くか」


5,000円のスイーツのために動き出した体は、甘い誘惑へ一直線だった。



出勤してすぐ、入り口で作業員に呼び止められた。


「君、もしかして365番? 出勤したらやってほしい仕事があるって、上から言われてるんだ」


「365ですけど…………俺ですか?」


「ああ。まぁ上からの指示だから詳しくは知らないんだが、幹部の人からの指名らしいぞ」


「…幹部?」


会ったことないんですけど…と、思わず口からこぼれる疑問。

何かの間違いじゃ?と疑いたくなる。面倒な匂いしかしないが、無視もできず、渋々あとをついていく。


案内されたのは、やたらと立派な部屋だった。


(……なんだここ。幹部の部屋か?)


机の上には、積まれた書類、開きっぱなしの端末、乱雑なメモの山。

さらには飲みかけのコーヒーまで残っている。


「指示書は机に置いてるらしいから確認しながら進めてくれ。それじゃ」


そう言い残し、ここまで案内してくれた人はさっさと去っていった。


「……これ、俺がやんのかよ」


今日はいつも通り、現場での作業のはずだったのに。なんで俺が、こんな部屋の片付けを――。


深いため息をひとつ吐いて、観念するように机に向かう。

その上に、無造作に置かれた一枚の紙が目に入った。


──《作業指示書》


『この部屋の整理を依頼します。不要な紙類は処分可。端末内のフォルダ整理、デスク周りの備品整理も含む。

 ※赤字で記されたファイルは触らないこと』


(……わりとガチなやつだな)


確認した上で、まずは資料に手を伸ばす。


内容をざっと確認しながら、必要かどうかを瞬時に仕分ける。

破れかけた紙は補強し、散らばったフォルダは整理。

重たいファイルは圧縮し、ショートカットは使いやすい順に並び替える。

動作の重い端末はキャッシュを削除。紙資料はスキャンして電子化し、ファイル名もわかりやすく整えた。


制限の中でできる範囲はやりきって、机の上は人が使える状態になった。


作業の途中、端末のフォルダ名がふと目に留まった。


《クロウ用_再分類》


クロウ…?

なんかそんな名前、聞いたことあるような、ないような。


(ってことは、この部屋はクロウって人の部屋か…)


別に誰の部屋でもいいけど、もうちょっと事前に教えといてくれ……。

心の中でだけ文句を言いながらも、手は止めずに黙々と片付けを続けた。


そしてそのとき――


背後で、ドアが静かに開く音がした。

顔を上げると、見覚えのある無精髭の長身の男が、無言でこちらを見下ろしていた。


――深夜のコンビニであった、スイーツのおっさん?


男は数秒間こちらを見つめたあと、ふっと目を細める。


「君はあの時の……また会えたな」


そう呟いてから、彼は机へと目を移す。

部屋を一瞥し、整った様子に驚いたように目を見開いた。


「……これ、君がやったのか?」


「まあ。やれって言われたんで」


「あの資料、ただの紙の山じゃなかった。いくつか重要なものが混ざってたんだ。……すごいな」


言葉とは裏腹に、男の目はどこか掴みきれないままだった。

何かを見透かしているような、あるいはまったく何も映していないような。


「そうだ、この前のプリン、美味かった」


突然の話題転換に、思わずぽかんとする。


「…ああ、あれ。新作もなかなかでしたよ」


軽く返すと、彼の表情がわずかに緩んだ。

威圧感のある男なのに、その笑みには不思議と柔らかさがあった。


「……ああ、悪くなかったな」


ふと、独り言のように彼は呟く。


「君……ここで働いてたんだな」


「まぁ…バイトですけど」


「……そうか」


彼の視線はもはや資料ではなく、俺の横顔に注がれていた。

どこか、何かを見定めるような目つきだった。


「もしかして、クロウさん?」


「クロウはこの部屋の持ち主だ。俺ではないな」


「あ、そうなんですね」


(……じゃあ、お前は誰なんだ)


聞くべきか迷ったが、空気的にスルーしておくことにした。

その沈黙の中で、男は少しだけ俺の横顔を見つめたまま、静かに言った。


「……俺のことが気になるか?」


ぞくり、と一瞬、背筋に冷たいものが走る。

口調は穏やかなのに、その問いには妙な圧があった。


俺はなんと返すべきか迷ったが、彼は返事を待たずにふっと目線をそらした。

そのまま、ふたりの間に静寂が戻る。


作業に戻ろうとしたそのとき――ノック音が響き、勢いよく扉が開かれた。


「失礼します!ヒーローが資材置き場を破壊しています!至急、応援を!」


男は面倒そうに眉をひそめ、立ち上がった。


「……ちょっと対応してくる。適当にやっててくれ」


そう言い残し、男は部屋を出て行った。


(……やっぱり、そこそこ偉い人?)


この立派すぎる部屋に、資料の内容、そして“対応”に呼ばれていく姿まで。今さらながら、少しピースが繋がった気がした。


俺は再び机に向き直り、黙々と整理を続けた。


ひと段落ついた頃、そっと立ち上がり、静かに部屋を後にした。



そして、扉の前。


まるでずっとそこにいたかのように、素の姿のままのグリーンが立っていた。相変わらず自然に、不気味なくらいに違和感がない。


「365番。奇遇ですね」


穏やかな声。その一言だけで、背筋にひやりと冷たいものが走る。


「……ヒーローが、こんなとこいていいのかよ」


そう返すと、グリーンはゆるやかに笑った。

けれど、その笑みの奥に、見えない棘が潜んでいる気がした。


「365番こそ、こんな部屋で何をしていたんです?」


一歩だけ、距離を詰めるように。声は柔らかいのに、その中には確かに怒気が含まれていた。

……言われても、俺はただ、言われた場所で仕事をしてただけだ。この部屋の意味なんて、知るわけもない。


そのとき、遠くから小さな爆発音が聞こえた。


周囲が急に慌ただしくなる。無線の声、足音、ざわめき。まるで、何か大きな騒動の渦中にあるような気配。


「……何が起きてるんだ?」


問いかけると、グリーンは満足げに目を細め、ゆっくりと囁いた。


「365番は気にしなくても大丈夫ですよ。少し……“ある人物”を誘き寄せるための仕掛けをしただけですから」


「……は?」


意味がわからず眉をひそめる俺に、グリーンは一歩さらに近づいてきて、低く、そしてどこか押さえた声音で呟いた。


「密室で、二人きりなんて……許せるわけないでしょう?」


ぞわりと、空気が変わった。


その直後、彼がそっと俺の腕を取る。

その手のひらが、じりじりと焼きつくような熱を持っている。


「行きましょうか。ここは危険ですから」


背後から怒声と爆音が響く。そのすべてが、妙に遠く感じられた。


(……やっぱりコイツ、なんか仕組んでやがる)


そう思った瞬間には、もう遅かった。

あまりに静かな目に見つめられ、引かれる腕に抗う気力は、もう残っていなかった。


ただその手に導かれるままに、俺はその場を後にした。


「そうそう、スイーツビッフェくらい、いつでもお連れしますよ。次は、私に相談してくれると嬉しいです」


…やっぱ把握しとんのか。

じゃあもう、スイーツビュッフェくらい面倒見てもらうか、と心が折れた気がした。

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